夢見る契約社員は御曹司の愛にスカウトされる
 時間が経てば経つほど、莉愛は怖くなってきた。

 それなのに、寝ても、覚めても祐樹のことが頭をよぎる。

 莉愛の窮地を全力で救ってくれたあの姿が何度も夢に出てくるのだ。

 そしてあの笑顔が、帰り際の頬のキスが忘れられない。

 考えてみれば素性を教えてくれていなかったのは故意ではなかったのかもしれない。話す時間がなかったせいもある。

 全てにおいて単に順番が狂っただけなのだ。

 正社員で入社するだけだったのに、大幅に予定が狂った。

 祐樹と会っている時に、花邑が家に来てしまったせいだ。

 つまり、祐樹はちっとも悪くない。

 もしかすると最大の被害者だったんじゃないだろうか。

 責める権利なんて莉愛には全くないと思うようになった。

 莉愛は彼に無理をさせたということを認識してからというもの、彼から連絡がないのは本当につらかった。

 一週間経ったその日の夜からは食事ものどを通らなかった。

 両親からは佐伯さんから連絡が来たかと聞かれる度にびくびくしていた。

 一番心配なのが正社員になる話だ。

 一体いつから正社員として出社することになるのか肝心なことも聞いていなかったと気づいて、莉愛はますます不安になった。

 本当はその話を聞くために自分から勇気を出して連絡してもよかった。

 でも、なんとなく彼がうちのせいできっと責められたりしているんじゃないかという予想もしていて、怖くて連絡ができなかった。

 忘れるには何かに没頭するのが一番だ。

 ここ最近、莉愛は早起きして、早朝から大きな帽子をかぶって茶畑で手摘みの手伝いをしていた。

 抹茶の原料である碾茶は、日光を遮るため春の新芽に覆いをかけられていた。

 旨味が葉に閉じ込められると、覆い香という抹茶独特の香りが生み出されはじめるのだ。
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