溺愛の業火

5辿り着く


どれくらい時間が経ったのかな。
ドアに近づく物音。

「篠崎、大丈夫か?」

清水くんの声がして、扉が開いたから安堵した。
入って来た彼の息は荒く、伝わるのは必死さ。

心配して来てくれたんだ。
嬉しい。

縛られて不自由だけどなんとか立ち上がり、近づいた彼に解いて欲しいと、私の両手を見せたまでは予想の範囲内。
彼は、私の縛られた両手を数本の指で押さえて優位を示す。

本当なら、この状況は助かったはずなのに、危機感が増したような気がするのはどうしてだろう。
彼の怒りの矛先が誰に向かっているのか、理解に苦しむ。

元はと言えば、生徒会長のあなたが悪いのよ。人気がある自覚すらないのかしら。
あなたの好意が私を混乱に招いて、他の子たちからも妬まれるなんて。

迷惑なのよ。理不尽にも程がある。
私は縛られ、こんな所に閉じ込められたのだから。

あなたは責任を感じて、私を助けに来てくれたんだよね?
無言で睨みつける彼の表情から読み取れるのは、優しさではない。

「お礼はキスでいい」

誰が原因で、こんなことになったのか理解しているくせに。

「嫌よ、付き合ってもいないのに。」

「俺は、そのつもりだけど?」

彼は私の鼻を持ち上げるように摘まみ、息継ぎ待ちで、顔を近づけてニヤリ。
指でかけていた圧力が緩まったかと思ったのも束の間。
空いた方の手は、私の縛られた手首をしっかりと捕らえ直す。

私の背には壁で逃場はない。

悔しい。絶対に負けない。
もう、これ以上は流されるわけにはいかないから。

そう固く口を閉ざすけれど、息苦しくて体がプルプル震える。
目で「嫌だ」と睨んで私が訴えると、彼は視線を逸らさずに冷たい表情。

まるで「じっくり待ってやる」と言うような沈黙で、私を見つめ続ける。

ムカつく。イラつく。
どうして分かってくれないの?断ったじゃない。

未熟な自分。あなたの感情に追いつけない。
無理、お願いだから分かって欲しいのに。

そんな私の気持ちもお構いなしで…
もう限界……涙が溢れて零れ始めた。

流れ続ける涙で、視界の歪んだ中にいるあなたの表情は分からない。
けれど、摘まんでいた鼻は解放された。

私は酸素を求めて口を開け、悔しさに似たうめきの様な声で泣き崩れた。
そんな私を優しく抱き寄せ、あやすように頭や背中を撫でる。

「お前が俺のものになってくれるなら…」

狡い。優しくしながら、強引な言葉で私を追い詰めていくなんて。
あなたの穏やかな笑顔や、優しい言葉…
思い出せば、その時に自分が抱いた気持ちは理解できたのに。

遅かったのかな。今は、あなたの愛情が怖い。
応えきれないと逃げ腰で。それでも望んでしまう。

私はどうすればいい?

清水くんが抱き寄せる腕の中、寄り添う体は熱を共有して、優しい香りが包む。
逃げられない。逃げたくない。

「俺は、篠崎が好きだ。だけど、この想いが君を追い詰めるなら俺は諦める。ねぇ。俺の事、嫌い?」

清水くんが私への気持ちを諦めると言った。
涙が止まり、私は顔を上げる。

だけど、そこで見たのは清水くんの黒い笑顔。
私の全てを見透かすような眼。

あぁ、続くんだ。これが流されて辿り着いた先。
溺愛の業火




END
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