溺愛の業火
『松沢くんの恋1』
放課後の教室。
委員長の仕事と言うよりも、先生から頼まれた雑用を黙々と片付けながら、ため息。
救いなのは、清水くんが生徒会の仕事で忙しくて、ここに居ない事だ。
「篠崎、まだ抵抗してるのか?」
作業の手を止めて目を上げると、松沢くんがニヤリ。
「ねぇ、清水くんからは、どんな風に報告を受けているの?」
彼の質問には答えず、自分の疑問をぶつけた。
「これと言って報告はないんだけどね。清水とは友達歴が長いから、機嫌とか態度とかで何となく?」
松沢くんは作業に戻って、私から視線を逸らした。
少しホッとする自分がいる。
「元はと言えば、松沢くんが……」
思わず言いそうになって、口を閉ざした。
誤魔化そうと次の書類に手を伸ばしたけれど、机の上には処理済みの山だけ。
逃げるのも疲れた。
松沢くんなら、逃げる必要もないかな。
「私の弱みって、何?」
ずっと自分で考えていたけど、答えは出なかった。
清水くんに尋ねたとしても、教えてはくれないだろうし。
項垂れて、ため息を吐き出しながら、机に額を乗せた。
「優しいところでしょ。あいつ、そこに付け込んでるよね。」
清水くんの黒い笑顔が目に浮かぶ。
「松沢くんの恋は上手くいかないの?」
話題を逸らしても、現実からは逃げられないのだけど。
自分だけがさらけ出すのは不公平な気がする。
「うん?ふふっ……俺は清水の友達だぜ。好きになった相手を、そう簡単には逃がしてやらないよ。」
松沢くんの表情が気になって顔を上げると、彼は窓の外を見ていた。
読み取れるのは、寂しさかな。
松沢くんは私の観察に気づいたのか、視線を合わせて苦笑。
「で?清水とは、どこまでいったのかな。どこまで許してしまったのか、参考にしたい俺は、とても気になるね。」
そう、どこまで許してしまえるのか。
私には分からない。
「教えないわ。だって松沢くんは相手の弱みに付け込んだり、清水くんと同じ方法で攻めたりしないと思うから。」
「ふうん。清水の事も、俺の事も良く見ているんだね。嫌いじゃないよ、そういうの。」
「うん、だけど……嫌いじゃないからと言って、私と付き合えないよね?」
お互いに見え透いたような笑顔で、沈黙。
何だか松沢くんは、清水くんより、私と同類な気がする。
私と清水くんの問題に、何か出来る事がないかと心配しながら、深くは入ってこない。
そんな彼に本命が誰なのかを、私が確かめるのは間違っていると思う。
だから、同じように話題を振るだけで留めるね。
「さてと、お送りしましょうか?それとも清水を待って、何か話をするのかな?」
「まだ明るいから、さっさと帰るわ。あなたは、どうするの?」
「俺も清水を待たずに帰るよ。今日は本命だけを想って夜空でも眺めるかな。」
きっと私も、今夜は松沢くんが言うように夜空を眺めるだろう。
私は荷物を持って席を立つ。
「じゃ、松沢くん。また明日。バイバイ。」
「あぁ、また明日。」
松沢くんは、また外を見つめて寂しそうな横顔を見せた。
どこか自分を見ているようで、辛くなる。
だけど本当に私と近い感情を抱いているのは、松沢くんの相手なのだと思う。