溺愛の業火

『あんな事』


自分の部屋を暗くし、窓から眺める夜空。

「好き。だけど、清水くんとは付き合えない。」

彼に告げた言葉を、小さな声で口にした。
窓にはうっすら、口から出た言葉とは裏腹な表情が見える。

窓に額を当て、込み上げるのは情けなさ。

今更、付き合って欲しいと言うことなど出来ない。付き合っている自分も想像できない。
感情の変化を、どう伝えれば良いのかさえ。

『篠崎は好きでもない奴と、キス出来るんだ?』

意地悪よね、そんな事をしないと分かっていて私を追い詰めるような言葉と視線。
あなたは私に、認めてしまえば楽になれると言いたいのかもしれないけれど。

唇に指2本を当てて、目をぎゅっと閉じ、あの時のキスを忘れようと擦った。
痛みと熱を感じるのに、頭に過るのは別の記憶。

無言で見つめて距離を縮めながら、目を閉じていく彼。
私は受け入れるように目を閉じた。軽い口づけ。
視線の合ったまま唇を重ねて。

聞こえる吐息。伝わる熱と、彼の優しい香りに包まれる様に身を委ね。
自分に圧し掛かる少しの重み。
見下ろす彼の表情は、切ないような苦しみを伴っていた。
流されるまま。

優しい手が私に触れていく。
拒絶もせず、逸らしていた目を向けて、気が付けば。彼を抱き寄せている自分がいた。

我に返ったのは、下校を知らせる放送。

慌てて身を起こし、目に入った状況に唖然。
いつのまにか首元のリボンが解かれ、制服の上着は全開。
私は彼を押し退け、両腕で胸元を隠した。

言葉は出ない。
彼は私の頬を両手で包み、視線を合わせて笑顔を見せる。

どん底へ突き落すような、彼の満面の笑み。
その場から走って逃げたのだけど、心は彼に囚われたままのような気がする。

込み上げるのは恥ずかしさと、後悔と、少し満ちるような気持ち。
私は彼を、どこまで許してしまえるのか。

付き合ってはいない状況で、私は何て不埒なのだろう。
目を開けると、窓の外は曇り星を覆っていた。



『あんな事』
< 13 / 22 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop