溺愛の業火
「分からない。だた、追いかけないといけないような気がする。」
私の返事に松沢くんは、ため息。
「この作業は、任せて。手伝ってくれる人を呼ぶから。」
そう言いながら立ち上がって、私に道を譲ってくれる。
「ありがとう。」
私は歩調を早め、教室を出た。
廊下に清水くんの姿はない。
見つからなければ、戻って作業を再開すればいい。
思い当たるのは、あの準備室。
その部屋に辿り着いた私は、ドアに手を伸ばした。
すると手首が掴まれ、口も塞がれて。
湧き上がるのは恐怖。
「し。静かに。」
耳に入ったのは清水くんの声。
嫌悪感は消えて、安心したけれど。
後ろからの力に逆らえず、引きずられる様に移動して行く。
部屋の向こう側にある階段。
口から手が離れ、目が合った。
「移動しよう。」
小さな声で、階上を指さして歩き出す。
その背中を見つめ、後に付いて行く。
向かった先は生徒会室。
中には誰もいない。
机の上は整理され、清水くんの仕事の効率を物語るようだ。
「篠崎。」
名を呼ばれて目を向けると、思ったより距離が近かった清水くんに戸惑う。
逃げ腰なのを見抜いたのか、彼は私の手首を捕らえた。
見下ろす視線に息を呑む。
彼の表情は悲しみを伝え、その感情に胸が痛くなるから。
「君の心は、まだ幼い頃に想いを寄せた奴に囚われているの?」
彼の左手は私の手首を捕らえたまま、私を逃がすことなどない力。
それなのに、右手は弱々しく私の胸元に手を当てて。
心臓の位置。服を通り越して、彼の熱を感じる。
私の心には。
言葉を詰まらせる私に苦笑を見せ、彼は手を置いた胸元に頭を添える。
背の高い彼が、小さく見えて。湧き上がるのは愛しさ。
その感情が私を突き動かしていく。
自由な方の手で清水くんを抱き寄せ、私は彼の頭に頬をすり寄せた。
「好き。」
自然と出た言葉。
清水くんは私の行動を受け入れたように身動きもせず、問う。
「俺と、付き合ってくれる?」
「うん。」
「本当に?」
あれ?
彼は顔を上げ、私に最高の笑顔を見せた。
その表情に、どこか違和感。
それは私の手首を掴んでいた手が腰に移動し、背中を通り首元まで指が滑っていくのを感じたから。
心臓に触れるような位置にあった手が頬に移動。
少し安心したけど、何かが違う。
「キス、してもいい?」
また彼に流されているんだと気付く。
もう、それでもいいかな。
彼が顔を近づけて額を合わせ、私の返事を待つ視線に愛しさが増していくから。
「そうね、私は好きな人としかキスしないよ。」
私は目を細め、首を傾げて微笑む。
「溺れてしまいそうだ。」
囁く彼の愛情を受け入れて。
軽く重ねる唇。
触れるところから熱を共有し、私は落ちていく。
恋焦がれ、身を滅ぼすような想い…