溺愛の業火

「ねぇ、訊いているんだけど。答えてくれるかな。」

彼の優しいイメージが覆る様な表情に息詰まる。
私の何が、そうさせてしまったのだろうか。

書類とホチキスを持った手を膝に置き、視線を少し逸らして答える。

「これから、好きな人くらいは出来ると思う。」

今までよりは、これからの事が頭にあったのだけど。
確かに初恋や憧れは経験してきた。でもそれは、彼の知りたい答えじゃない気がする。

「篠崎。俺さ、君の事が好きなんだ。今、特別な誰かが居ないのなら付き合って欲しい。」

逸れていた視線が、思わず真っ直ぐになってしまう。
目が合って、彼の気持ちが怖いぐらいに伝わる。

「ごめんなさい。私では、清水くんに相応しくないと思うんだよね。もっと可愛くて…」

「俺は、篠崎和叶を好きになったんだよ。俺の事、嫌い?」

ずるい質問だ。好きか嫌いか訊かれても、答えに困る。
彼の告白に、私は顔が真っ赤で体が熱いし、心臓がバクバクして頭はパニックだ。

「気持ちは嬉しいけど、嫌いじゃないけど、ごめんなさい。」

私は手にしていた物を机に置いて、自分の荷物を持って逃げた。
彼の表情も見ることが出来ず、溢れ続ける涙を拭いながら必死で走って。

思い出せば、一緒に作業しながら交わした会話や彼の表情に、心は素直だった気がする。
楽しくて、淡くときめいていた。

あなたを嫌いな人なんかいない。
好き。彼からの告白が嬉しくて、涙が止まらない。なのに苦しい。

夢にも思わなかった。彼の心が私にあるなんて。
どうしたらいいのか分からない。

彼は、これからクラス委員ではなく生徒会長になる。
今まで以上に忙しくなれば、私との接点も少なくなっていくだろう。
私が霞んでいく。失望するかもしれない。私に告白したことを後悔するかも。きっと。


夜、ラインで謝罪を入れた。
作業を途中で投げ出し、任せてしまった事を。
告白は無かった事に出来ないだろうかと、あえて触れずに彼の返事を待った。

『あの後、松沢が手伝ってくれたから大丈夫』

松沢くん、部活に入っていないよね。他のクラスで遊んでいたのかな?

『ありがとう。明日、松沢くんにお礼を言っておくね』

『松沢に嫉妬するよ』

どう返していいのか戸惑っていると、彼の気遣いなのかな。

『おやすみ。また明日』


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