溺愛の業火

次の日の朝。

「篠崎!お前、一体何をしたんだよ。てか、大丈夫なのか?」

松沢くんが学校の玄関で待ち伏せ、挨拶もなしで叫びながら近づいて来た。
一体何を?大丈夫なのか?

「こっちに来いよ。」

手を引かれ、登校する流れの邪魔にならない廊下へと連れて行かれる。

「あいつ、頭がおかしくなったのかと思うぐらいに怖いんだけど!」

多分、あいつって清水くんの事だよね。
昨日の事が頭を巡って、私は赤くなる頬を覆いながら首を振った。

「もともと爽やかだったのが、照らされて浄化するかと思うぐらいの笑顔だぞ?何、あの後、付き合う話になったのか?」

松沢くんの興奮した説明と質問に、私は無言で首を振る。

「うわぁ、厄介な事になるぞ。篠崎、覚悟しておけよ。俺にはもう止められねぇ。」

覚悟とか、今の私には後悔しか残っていないのに。
昨日は流されて、あんな事になるなんて。

あんな…。
恥ずかしくて死ねる!


教室には、そんな彼の様子を見ようと見物客が殺到していた。
出来るだけ視線が合わないようにチラ見したけれど、嬉しさの表れた笑顔が炸裂。

不味い。取り返しのつかない崖に飛び降りたような気分だ。
今の彼なら更に這い上がる私を待ち構え、手を伸ばしてきそうだ。

「篠崎、おはよう。」

見つかった!

そりゃそうだ。同じクラスだから当然の事。
嫌な汗が流れているのが自分でも分かる。

「おはよう、清水くん。」

作り笑顔で挨拶を返し、さっと視線を逸らして自分の席に逃げる。
追ってはこない。

恐らく、昨日の『あんな事』で満足したのだろう。
そう信じよう。

流されて気が付けば…
未遂だけど満足してますよね?きっと!

え?覚悟って何それ、美味しいの?うふふ。
夢なら覚めて欲しい。

そう、私を現実へと突き落して。


「篠崎さん、昨日の清水くんの足を引っ張ったのはあなたよね。」

これが現実。
私が彼に相応しくないのだと、もっと突き付けて欲しい。

「そうよ。どうすればいい?」

どうにもならない。
想いは膨らんで、彼の気持ちに流されても良いと思っているのだから。


彼女の怒りを買って、外鍵のかかった小さな準備室に閉じ込められてしまった。
わざわざ準備していたのかな。

両手は体の前、縄で縛られているけれど身動きは取れる。
そして放置。

計画性があるから、誰かが見回りとか来るのかな。
生徒会の子だし、大騒ぎにはならないような時間で解放してくれると信じよう。

床に座って壁にもたれ、今までの事を振り返る。

どうすれば良かったのかな。
告白された時、清水くんと付き合う事など頭には全くなかった。
だけど嬉しかったのも少なからず。
冷静にしたのは私が相応しくないという劣等感。
憧れの意識もなかった気がする。

だけど、好意は確かに存在した。
付き合うことを考えないわけじゃない。

不安と恐れが、自分の想像する未来の大半を占めていた。
味わったことのない幸せよりも現実的。

それなのに、私は流されている…


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