不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした
 そうして、ヴィンセントは晩餐の席に着く。エリカと二人、向かい合って。食器が立てるかちゃかちゃという小さな音だけが、広い食堂に響いていた。

 エリカは気づいていないようだったが、ヴィンセントはずっと迷っていた。今こそ、彼女との約束を果たす好機なのではないか。しかし、何を話していいか分からない。

 子供の頃から戦いに明け暮れていたヴィンセントは、女性に、それも育ちのいい貴族の女性相手の話題など、何一つとして持ち合わせていなかったのだ。

 悩みに悩んで、彼はおそるおそる口を開く。

「……その、エリカ」

「はいっ!!」

 名を呼んだだけだというのに、エリカは元気よく返事をして背筋を伸ばした。その頬が、ほんのりと赤い。可愛らしいな、とヴィンセントはそんなことを思う。

「……君は、雪狼とは親しいのだろうか」

 雪狼ことネージュは、今のところ二人の間の、たった一つの共通した話題だ。

「はい、たぶん親しいと思います。前に、森の中を歩いていたら偶然出会ったんです。それから時々、あの森で会っていました」

「そうだったのか。しかし、なぜあいつの毛の中にもぐりこんでいたんだ?」

「それは……えっと、嫌がられなかったので、つい」

 エリカの言葉は真実ではなかったけれど、ヴィンセントはそのことを見抜けなかった。彼はかすかに、おかしそうな笑みを浮かべた。エリカが目を丸くして彼に見とれる。

「なるほど。あいつの毛並みは素晴らしいからな、気持ちは分かる」

「はい、ふかふかでした! ……そうやってもぐっていたらヴィンセント様が来てしまって、出るに出られなくなってしまったんです」

「頼むから、次はすぐに出てきてくれ。おかげで、恥ずかしいものを聞かれてしまった」

「恥ずかしくなんてないです。ヴィンセント様、ネージュさ……あの子と仲がいいんだなって思いました。悩みを相談できる人がいるのはいいことだなって」

「そ、そうか。……気を遣わせたな」

 その時、ヴィンセントは気づいた。話が、普通に続いている。貴族として生まれ育ったか弱い女性と、平民上がりで武骨な自分が。

 それは彼にとって、とても新鮮な、心地良い感覚だった。もっと彼女と話したい、そんな衝動を覚え、彼はふと身をこわばらせる。

 駄目だ。彼女とはいずれ、離縁するのだ。たまたま共通の話題があっただけで、彼女とは本来生きる世界が違う。彼女を、これ以上自分に近づけてはならない。

 ありったけの自制心を総動員して、彼は口を閉ざす。折を見て話す、その約束は果たした。そう自分に言い聞かせながら。

 また静かになってしまった食卓で、彼はほんの少しだけ、残念だと思っていた。
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