不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした
 そしてあっという間に、わたしが嫁ぐ日がやってきた。

 ヴィンセント様の意向により、婚礼のたぐいは一切なし。花嫁衣装をまとったわたしが、嫁入り荷物と共にヴィンセント様の屋敷に行く。それだけ。

 そうしてわたしは、満面の笑みを浮かべた両親に見送られ、たった一人で馬車に乗り込んだ。どことなくすっきりしない気分を抱えたまま。

 昼間は馬車に揺られて、夜は宿で休んで。ほぼずっと、無言のまま。

 そんな旅が数日続いたある朝、わたしは豪華絢爛な花嫁衣裳を身に着けた。金銀の糸でたっぷりと刺繍の施された白いドレスは、見た目よりずっと重かった。

 その日の夕方、ついに目的の屋敷にたどり着いた。森に囲まれた質素で古い建物に、おそるおそる足を踏み入れる。

 屋敷の中は、意外にも居心地がよさそうだった。やはり質素だけれど、よく掃除が行き届いているし、ちょっとした飾り物なども趣味がいい。

 がちがちに緊張していた心が、少しだけほぐれるのを感じた。そうしていよいよ、ヴィンセント様が待つ応接間への扉をくぐる。

 夕日の差し込む部屋の奥に静かにたたずむ、一つの人影。

 かぶっているヴェールが邪魔でよく見えないけれど、とても大きな人だということは分かった。がっしりしていて、確かに強そうだ。

 ヴィンセント様は立ち尽くしたまま、何も言わない。仕方なく、彼のほうに近づいていく。花嫁衣裳のすそが立てるさらさらという音だけが、応接間に響いていた。

「止まれ」

 不意に、ヴィンセント様が短く言う。低くどっしりとした、豊かな響きの声だ。手を伸ばしても届かないくらいの距離を開けて、わたしたちは向かい合う。

 間近で目にしたヴィンセント様は、鋭さと強さを感じさせる、落ち着いた雰囲気の男性だった。

 黒い髪はとてもつややかで、こちらを見ている目は冬空のような明るい青灰色だ。がっしりとして男らしく、まるで大きな狼のような人だった。

 彼は眉をひそめて、こちらをじっと見ている。ちょっとだけ怖いけれど、不思議と彼から目が離せない。わたしは何も言えずに、ヴィンセント様に見とれていた。

 そうしたら彼は、いきなりあんなとんでもない宣言をして去っていったのだ。

 愛のない政略結婚なんて、珍しくもない。それは分かっていたけれど、まさか自分がその渦中の人となるなんて。

 やるせない思いに手をぎゅっと握りしめたら、ぷつんという感触がした。花嫁衣裳の繊細な手袋、その縫い糸が切れたようだった。
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