灼熱の炎に蕩けるほどのくちづけを
「姫様、お茶のおかわりはいかがですか?」

 城の敷地内に建てられている温室には、セシルが見たこともないめずらしい植物も多く栽培されている。さながら小さな植物園のような温室の一角で、セシルは今日もひとりでお茶を飲んでいた。給仕には、雪の国レイベルクから共に来てくれた侍女のプリシラだけだ。それでも気心の知れた相手と過ごすひとときは、見知らぬ土地に無防備で放り出されたセシルにとって、唯一の安らぎの時間と言えた。

 盛大な婚儀の後、セシルは王太子妃としての勤めを何も果たしてはいない。異国の地に慣れるまでは何もせずともよいとアルベルトから言われており、公務はおろか城の重役たちへ挨拶回りもできていない。最初こそ労いの言葉に受け取ったが、その真意をセシルが汲み取るのに時間はかからなかった。
 言葉通り、セシルは何もしなくていいのだ。
 すれ違うメイドたちも、たまに顔を合わせる貴族の役人も、皆セシルに対して腫れ物に触るように接してくる。目が合えば愛想笑いを浮かべ、話しかければ早々に会話を終えて去っていく。嫌われているわけではなかったが、歓迎されているわけでもなかった。

「姫様?」
「何でもないわ。ごめんなさい」

 新しく温め直したカップにプリシラがお茶を注ぐと、ふわりとほのかに甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐった。揺れる水色(すいしょく)は鮮やかなルビーレッド。炎の国特産のフィアという花から作られるこのハーブティーは、メルバジールに嫁いできて間もない頃にアルベルトがセシルに贈ったものだ。
 蜂蜜をほんの少し加えると、水色(すいしょく)が鮮やかなブルーに変わる。その不思議なお茶を初めて見た時、セシルはまるで子供のように心が踊った。茶の色が変わるのもそうだが、何よりアルベルトがセシルを楽しませようと考えてくれたことが嬉しかったのだ。

けれど今はもう、蜂蜜を入れることはない。アルベルトの瞳の色を思わせる水色(すいしょく)は、セシルの心を冷たく刺激するだけだ。一瞬だけ脳裏に浮かんだアルベルトの姿に体が冷えていきそうで、セシルは少し焦ったようにプリシラが注いでくれたルビーレッドのお茶を口にした。

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