灼熱の炎に蕩けるほどのくちづけを
「姫様、暑くないですか? 風が通るよう、もう少し窓を開けてきましょうか」
「いいえ、大丈夫よ。それに温室の植物が冷えてしまっては大変だわ」
「でも体はつらくありませんか?」
「この国に来てから、もうふた月よ? メルバジールの気候にもだいぶ慣れてきたわ。心配してくれてありがとう」

 セシルがいた雪の国レイベルクは、一年中雪と氷に覆われている。肌を刺すほどの冷たい空気が日常だったレイベルクと比べ、炎の国メルバジールの気候はとても穏やかだ。一般的に過ごしやすい気候なのだろうが、最初の頃はプリシラと共によく体調を崩していたものだ。

「あなたこそ大丈夫なの?」
「はい、すっかり! 皆さんも良くしてくれますし、今日も一緒にお菓子を焼きました」

 テーブルの上に並べられた菓子は、どれもプリシラが焼いたものだ。レイベルクでもよく口にしていた、素朴で優しい味の焼き菓子。懐かしい味をここでも味わえることは純粋に嬉しくもあったが、何よりもプリシラがメルバジールの城で他の仲間たちと上手くやっているという事実がセシルの胸に強い安堵感をもたらした。

「あなたが元気で何よりよ、プリシラ」
「姫様も一緒に、ですよ。……突然の結婚に戸惑われるのも仕方のないことです。でも、私はずっと姫様の味方ですからね」
「プリシラ……」
「一緒に、この国で生きていきましょうね」

 明るく元気なプリシラの笑顔は、どこにいてもセシルの心を軽くしてくれる。年もそう離れていないというのに、セシルはレイベルクにいる頃からずっとプリシラに頼りっきりだ。その溌剌とした性格を羨ましいと思い、自分も強くあろうと決心して臨んだ婚儀だったが、蓋を開ければセシルの勇気など風に攫われる木の葉のように頼りないものだった。
 けれど、セシルはこの国で生きていくしかないのだ。

「そうね。私にはもう、帰る場所なんてどこにもないもの」
「でも、姫様。ここでは自由に外を歩けるんですよ。もう誰に遠慮することもありません。体力が戻ったら、一緒にピクニックに出かけましょう。アルスの丘という景色の良い場所があるそうですよ」
「その時にも、このお菓子を焼いてくれるかしら」
「もちろんです!」

 セシルの前向きな発言がよほど嬉しかったのか、プリシラが頬わずかに上気させて大きく頷いた。


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