エリーの純愛~薬草を愛でる令嬢は拗らせた初恋を手放したい~
ここはカルディニア王国の南東部に位置するロンマルク地方。
豊かな自然と美しい景色に恵まれたこの場所は、海岸に面した温暖な土地で、観光地としても人気がある。中でもラベンダー畑は、この土地を訪れる人々に安らぎを与える場所として、多くの人たちに愛されている。
夫亡き後、シャロン家の先代伯爵夫人であるナタリーは、代官や使用人、そして地域住民たちに支えられながらこの地を守ってきた。だが、この2、3年は、現在の伯爵夫妻である息子夫婦にこの地を引き継ぐため、身体に鞭を打ちつつも意欲的に取り組んできた。
その中でも力を入れている農作業中に、どうやら腰を痛めてしまったようだ。
そんなナタリーの元へ愛する孫娘が駆け付けたとき、安堵した表情で「ありがとう」と伝えながら、エリーの手をいつまでも握りしめていた。
その翌日から、エリーはナタリーの身の回りの世話と、彼女が携わっていた仕事の一部を引き継いだ。
幼少の頃から年に二回は祖母のもとを訪れていたエリーにとって、昔から見ていた彼女の仕事には馴染みがあったのだろう。それゆえ、細やかな作業は使用人に教えられながらも、順調に始めることができたようだ。
エリーは日除けの帽子を被り、露出のない長袖長ズボンを着込んだ姿で早朝から昼まで農作業をする。傍から見れば、とても貴族令嬢には見えないだろう。
だが、ここではそんな些細なことを気にする者はいない。
心が疲弊していたエリーにとって、そんな周りの空気はとても心地の良いものであった。
今日も朝早くからラベンダー畑へ出向いて仕事に取りかかる。元々は、農地の一部分で栽培していたラベンダーだが、観光客が増えるにつれて、その栽培面積も広がっていった。
そのため人手はいくらあっても足りるということはなく、シャロン家の使用人総出で畑の手入れをしているのが現状のようだ。
「エリーお嬢様、そろそろ休憩にいたしましょう」
「——ごめんなさい、ぼんやりしていたわ。そうね、皆にも休憩をとってもらいましょう」
「かしこまりました。エリーお嬢様も休憩なさってください。大奥様がお部屋でお待ちですよ」
「わかったわ。できればダニエルも、お祖母様のお部屋で一緒に昼食をとってもらえないかしら? 食事をしながらで申し訳ないけど、三人に相談したいことがあるの」
「三人……ステラも一緒にということですね。かしこまりました。それでは、私も厨房に寄った後、すぐにお部屋へ向かいます」
エリーに休憩を勧める執事のダニエルは、祖母の信頼が厚く、屋敷の管理を一任されている。先代伯爵夫妻に忠誠を誓い、共に歩んできた忠義の人である。そんな彼も、ナタリーの様子から完全引退が近いことを悟ったのか、ここ最近では後継への教育も最終段階に入っているようだ。
今回、ナタリーが注力している仕事をエリーに伝授したのも彼である。
二人は頷き合うと、目的の場所へと足早に歩き出した。