うちのペットのマルとモカ
犬のマルと猫のモカ


 
 浅田ひなたは、その時は特別な事は何も考えていなかった。

 訳あって一人暮らしをしているひなたはまだ中学生。もちろん家にはしょっちゅう親達が顔を出すが、子供の1人住まいには変わりない。

 両親は、ひなたと一緒に暮らせない代わりに、ひなたをかわいそうに思って血統書付きのペットを二匹飼ってくれていた。(写真・犬のマルと猫のモカ)

 夕方スーパーで夕飯の材料を買った帰り(ひなたは自炊している)、公園の脇を通ったところで、ひなたは突然、後ろから大きな声で呼び止められた。


「ちょっと!」


 振り向くと、そこにはすっきりと整った顔立ちの黒髪の男の子が居て。


「ひなた、遅いよ。」


 知らない子がいきなり自分の名前を言い当ててそう言ったので、ひなたは驚愕した。


「こんな夕方に帰ってくるなんて、今まで何をしてたの?。いつもだったら僕の散歩に行ってる時間じゃない。」


 男の子は咎めるような口調でそう言って、ひなたを見返した。

 散歩、と言われて初めて、ひなたは男の子を見て心に引っかかっていた物が解けた。

 品のある謹厳そうな、どこかマニッシュな佇まい。誰の、と聞かれたら。

 それはうちのペットので。


 
「嘘、マルじゃないよね?」

「あ、嬉しい。分かってくれた。」



 男の子はにこっと笑うと、駆け寄って来てひなたを抱きしめた。


「抽選当たったよ。」


 あまりの事に呆然としているひなたにマルは耳元で囁いた。

 

「ペットから人になれるチャンスの。僕、ずーっと当てようとしてたんだ。」

「マルなの?本当に?」

「ひなたのマルだよ。」



 マルはニッコリ笑うとひなたの手を取った。


「一緒に帰ろう。もう二度と離れないよ。」




 ひなたは夢見心地でマルとマンションまで歩いていった。

 ペットOKのこのマンションは、両親からひなたへのプレゼントだった。

 階段を登って玄関を開けて、そこでまたひなたは驚くこととなる。


「おかえり」


 玄関を開けると、金髪の癖っ毛の男の子が、コーヒーを淹れて一人で飲んでいた。


 物憂げな眼差しと、むっとしたような口元、ちょっと棘のある口調は。
 ひなたはその雰囲気に見覚えがあった。

 
「嘘、モカ?。モカだよね?。」

「正解。外したらぶん殴ってた」


 猫のモカ(今は人)はそっけなくそう言うと、コーヒーをまた一口飲んだ。



「モカ、ひなたを殴ったりしたら、この僕が黙ってない」

「うるさい。例えだよ。本当に殴ってはないだろ。」

「モカより僕。ひなたは僕の事も、一発で見分けてくれたよな?。」

「飼い主だったんだから当たり前だろ。もし見分けなかったら愛想尽かす所。」

「僕この抽選に賭けてたんだ。」
 
「僕だって。ひなた、僕達が抽選当たったの、感謝しなよね。」



 モカが言ってから、ふと気付いたように付け足した。



「あ、そうそう」

「どうしたの?」

「規約で僕達もう完璧に人なんで。」



 モカが首を傾げる。



「僕達は対等。ペットって言ったら許さない」

「え」

「失礼な意味だろ。人間だったらペットって。」

「僕達動物の頃の記憶あんまりないんだ。」


 
 マルが言った。



「餌あげた、とか、トイレ世話してた、とか、言っても良いけど通じないから。」

「はああ、だる。人ってこんな感じかあ。」



 言いながら、モカは椅子に置いてあったひなたの鞄を開けてケータイを取り上げた。



「な、何」 

「履歴チェック。変な虫が居たら怒るよ」

 
 モカは椅子に腰掛けて片手でケータイ履歴を調べ始めた。

 
「ひなた、早く晩御飯の支度」

 
 いつの間にかエプロンを付けたマルに言われて、ひなたは頭痛いな、と思いながら、買って来た野菜を冷凍室に入れた。





 

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