政略結婚は純愛のように〜お互いに望むこと〜

ご褒美方式

「あの話……?」

 唐突な隆之からの問いかけに、少しぼんやりとしたまま、由梨は彼の言葉を繰り返す。
 隆之が由梨の唇を親指でふにふにとした。

「敬語をやめるという話だ。今日は一日忘れてたぞ」

「あ……」

 少し前、由梨がやきもちを焼いたことをきっかけに、隆之から敬語をやめるように言われたことがあった、
 半ば夫婦の睦ごとのついでだったが、その後、ちゃんと話をして由梨は敬語を止めようと決めたのだ。
 沙羅のためだ。
 彼女はまだ一歳だが、そろそろ言葉を覚えはじめて、どんどんいろいろなことを理解するようになってくる。
 その彼女に両親の間に上下関係があるように思われたくないと隆之に言われたのだ。
 もちろん敬語を使っているからといってふたりの間に、上下関係があるわけではないけれど、その意見ももっともだと思った由梨は鋭意努力中なのである。
 それから少し経ち、家の中では随分と敬語なしに慣れてきた気がする。
 でもどうしてか外出するとどうも敬語に戻ってしまう。隆之はこの街では少し有名人だから、人の目が気になるのかもしれない。
 今日はとくに会社がらみのイベントで隆之の社長としての顔を見たからだろう。家に帰ってからも敬語が抜けなかった。

「すみま……ごめんなさい。忘れてた」

 由梨が謝ると、隆之がにっこり笑って頷いた。
 そして由梨の唇に口づける。
 親指で唇を開くように促され、素早く中に侵入する。彼の熱が、由梨の中を余すことなく触れていく。
 弱いところを刺激されるたびに、脳の中心がぐらぐら揺れるような感覚に襲われて漏れる吐息が熱くなる。
"その先"を予告するような激しいキスに、由梨は彼の服を握りしめた。"その時"に彼が触れる、由梨の身体のあちこちが、まるで催促するように熱を持ちその存在を主張し始める。

「——結婚したての頃」

 わずかに離れた隆之の唇が囁いた。

「由梨が俺を『社長』と呼ぶのをやめた時のことを覚えてるか?」

「……え?」

 少し意外な問いかけに、由梨はゆっくり目を開いた。

「あの時は、社長と呼ぶごとに罰としてこういうキスをしたけど、今の由梨には罰にはならないな」

 言っていることの意味に思いあたり、キスの余韻で頭がふわふわとしていた由梨はハッとして彼を睨んだ。

「もう……」

 隆之がふっと笑って由梨の耳を甘噛みする。

「あっ……」

「今は逆がよさそうだな。ちゃんと敬語を外せたら、今のキス」

「そんな……それじゃ余計にやりにくい……よ」

「ん、上手」

 すぐさま与えられる熱いキスに翻弄されて由梨の背中が甘く痺れる。大きな背中に腕を回して、由梨はそのご褒美に酔いしれた。
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