ドSなあなたへ、仰せのままに。
「クソッ」
「ちょっと……」
「次期社長とかなるわけねーに決まってんだろうが」
明智様が部屋を出て行ってから数分間の沈黙があった後、掴んでいた私の腕を乱暴に振り払って、南様は力無くベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。
南様は、私に顔は向けずに、イライラと後頭部をかく。
「あんな会社、さっさと潰れちまえばいーのに」
南様は、さっきの明智様の言葉がよほどイラついたのか、ブツブツと口から出る文句はたまる気配がない。
……実は、さっきのような2人の会話は、これが初めてではない。
さすがにあんなにキッパリと酷いことは言っていなかったものの、『勉強しろ』みたいなことは、明智様が顔を出された時は毎回言っていたことだ。
ーーそりゃあ、次期社長の器だなんて言われて、将来を強制されて。
楽しいわけがないよね……。
南様にかける言葉が見つからず、ただただ振り払われた腕を見つめる。
なんて声をかけたらいいの……?気の利いた言葉は……。
なんて、頭の中でぐるぐるとひたすらに考えるけど、これだと思えるような言葉なんて見つからなくて。
「お父さんのことは……大事にした方がいいよ……。家族、なんだからさ」
ポツリと私の口から出てしまったその言葉。
ーーあ、まずい。
ふとそう思った時にはもう手遅れだった。
……私、今言っちゃいけないことを言った。何を言えばいいかはわからなくても、言ってはいけないことくらいは容易に想像できるのに。
南家について何も知らない私が。
私、誰にも寄り添えてない最低なことを……。
「ほら、ここまで育ててくれたのは明智様なんだし……ねっ」
あぁ、どうしよう。何を言ってもダメだ、空気がどんどん悪い方向へと変わっていく。
つらつらと並べた高いトーンの言葉たちは、どれも火に油を注ぐようなものばかり。
ドクン、ドクン、ドクン……。
再び沈黙に包まれた部屋に聞こえるのは、私の焦りからくる早い心拍音。
ダメだ、これ以上言っちゃ。何も言うことができない。
ーー謝らなきゃ。
「っ、南さーー……」
「はっ、もうなんかどーでもいいわ」
「っ……え……?」
謝ろうと口を開いた私の声を遮ったのは、南様のそんな言葉。
投げやり口調で、感情のこもってない、彼の声。
反射的に彼の方を見ると、南様は、ベッドに腰掛けながら微笑んで私のことを見ていた。そんな彼の瞳からは光が消えていて、思わず後ずさる。
「あのクソジジイのせいで母さんは出てったってこと、他人にわかるわけもねえよなぁー」
ゴクリと唾を飲み込む。ーー私の軽率な言葉は、私の想像以上に彼の奥深くに抱え込まれているものに触れたのだ。
彼は、再び乾いた笑い声を上げると、ゆっくりと私から目を逸らした。
「出て行け」
そんな言葉と共に。