ドSなあなたへ、仰せのままに。
私はあなたのボディガードです。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ、沖瀬様」
私は、丁寧に返事をしてくれるメイドさんや執事さんにお辞儀を返しながらも、ズンズンと廊下を歩いていく。
ーーあれから6限目が終わると同時に、私は教室を飛び出して1年1組へと急いだのだが……。
『南ならもう帰りましたけど』
クラスメイトの一言で私は撃沈。
あの人……完全に私を避けてるに決まってる……!大体、私がボディガードで必ず守らなくては行けない対象なのに!
自分を守ってくれる存在から逃げるなんて……!
「南様、私のこと避けてます……よ、ね……?」
バン!と南様の部屋の扉を開けると、そこに彼はいなかった。
あ、あれ……なんで……?
ベッドに、勉強机に椅子、クローゼットに本棚……。部屋中を見回しても、隠れている様子もない。
床に置かれているスクールバッグとハンガーにかけられている制服があることから、おそらくすでに帰ってきているのだろうけど……。
「ぼっちゃまのことを探しておられるのですか?」
「わっ……!宮下さん!びっくりしたぁ……」
不意に、南様の部屋の前で突っ立っている私の背後から聞こえた声にビクリと体が跳ねる。
「あはは、すみません」と穏やかに笑う彼ーー宮下さんは、南家……いや、南航の執事。
最近新しく入ったらしいけど、仕事も早いし、なによりも穏やかな性格だから、一緒に過ごしていてもただただ心地よいだけ、そんな人柄だった。
まあ、お皿を割ってしまったり、ベランダから植木鉢を落としてしまったりと、ドジなところはあるものの……。
「ぼっちゃまなら、お散歩に行かれましたよ。沖瀬さんが同行した方がいいのでは、と引き留めたんですが……」
そこまで言うと、宮下さんは困ったように笑う。
お散歩って……!あの人、自分の状況をわかって……!?
「ちょっと探してきます……っ」
何やってるの、あの人は……!私は宮下さんにお礼を言うと、すぐに屋敷を飛び出した。
誰も同行していない無防備な状態でっ!
電話もかけたが繋がらない。あの人のことだから、きっと電源をオフにしてるのだろう。
時刻は5時。私は急いで帰ってきたから、まだ下校中の生徒も街中にいるはずだ。
南様はまず最初に、どこに行く……?
走りながら、屋敷から近くて高校生も行きやすい施設、公園、通りを順番に通っていく。
駅前のショッピングモール……いない。
河川敷は……いないか。
カフェとフードコートにもいない。
だいぶ遠いところまで来たところで、やっと私は足を止める。
スマホの画面を見てみたけれど、やっぱり折り返し電話の通知は入ってなくて。
「なんで……?」
息を切らしながら、あたりを見回す。あぁもう、わからない。
私があの人のことを知らなさすぎるの。だから仲良い人なら知っているようなことも、ボディガードの私が知らないんだ。
今、危うい立場にいる彼がもしもーー……と、最悪の事態が頭をよぎる。
「っ……まだ諦めちゃダメ」
しっかりしなきゃ、沖瀬海。私は私にできることをしなきゃ。とにかく、あの人の安全を確保しなきゃ……!
私は、ふっと息を吐いて、再び足を前に踏み出した。