ドSなあなたへ、仰せのままに。




ザザーーーンーー……


「いないの……?」


隣駅から1キロほど離れた場所にある海岸。堤防の外側からは、波が行き来する音が聞こえた。

19:00。

とっくに日は暮れ、街灯の明るさだけを頼りにここまで来たのだが……。


南様は、見つからなかった。


さっき、宮下さんに電話をかけてみたけれど、南様はまだ帰っていないみたいで。

心配した宮下さんが、車を出してこちらへ来てくれることになった。


どこに行っちゃったのよ……!


ずっと胸の奥で必死に押し込めていた不安も、とうとう限界を迎えていた。

ボディガードという存在がありながら、守りきれないという最悪の事態に対する不安がーー……。



「……どうしよう……っ」


ーーお父さんのこと、大切にした方がいいんじゃない?


あんなこと、言わなきゃよかった。彼を1人にするべきじゃなかった……っ!

言わなければ、こうなることもーー……。


頬に一粒の涙が静かに伝った、その時だった。



「……沖瀬?」



少し戸惑ったような、鬱陶しいと思っているような、そんな声が頭上から聞こえたのは。



「南……様……?」


「お前、こんなとこで何やってーー……え」



振り返った私の頬に溢れた涙を見て、ギョッとしたような表情を見せたのは、紛れもない南航という人物だった。


「え……お前、なんで泣いて……」

「っ、よかった……!」

「うおっ、は?なに、急に」


彼が無事だった。最悪の事態が起こっていなかった。

そんな安堵感が一気に私を包み込んだ瞬間、思わず彼に抱きついていた。


「心配させないで……っ!」

「は……!?」


未だに状況を飲み込めていない南様は、もちろん私が泣いている理由もわかっていない。


「私はボディガードなんだから……!」


ポカッ……と、回した腕で彼の背中を叩いていても、びくともしなかった。


「……今までずっと俺のこと探してた、のかよ?」

「当たり前でしょ!私には何の連絡も入ってないし、電話しても繋がらないし、どこにいくかも誰にも教えてないしーー……」

「あーわかったわかった、わかったから」


不安だった思いを一気に吐いて捲し立てると、南様はうんざりしたように私の声を遮った。


「これからはちゃんとお前のこと連れてくから」


「っ……」


そんなことを言われては、もうなにも反論できないじゃん。

見れば、彼は困ったように笑っていた。


あ……。


胸の奥が、ツキンと痛む。私のことをバカにしたような笑顔、勝ち誇ったような笑顔……それを最後に見たのは、きっと私があんなことを言ってしまう前。


困ったように笑う表情は、初めて見た。


……謝るなら、今しか……。



「ねえ」


「……」



彼の無言は、れっきとした返事。相手の言葉に耳を傾けていますよっていう、意思表示。

スゥ、と息を吸い込んでーー



「この前は、あんなこと言ってーー……」



ごめん、のたった3文字。また、いつもみたいに笑いかけてくれるかな。

バカにしてもいいから、見下してもいいから。どんな笑顔でもいいから、見せてほしい。


ーーあなたのことが、知りたいから。


あなたのことがなんでもわかるボディガードに、なりたいから。





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