ドSなあなたへ、仰せのままに。
「っ、うっせぇんだよバカ!」
「ご、ごめん……!」
部屋の床一面に散乱していた物騒なものを慌ててベッドの下に片付け、しかめっつらで耳を塞ぐ南様に謝りを入れる。
でも、女子の部屋に急に入ってくるなんて……っ!
もし私が着替えてたりでもしたらどうするつもりだったのよ!と、彼を睨むと、彼は私から目を逸らしてわざとらしく肩をすくめた。
「何しに来たのよ」
「別に。お前のバカっ面を拝みに来てやろうと」
「はあっ!?」
やっぱり、コイツはただのドSで意地悪な悪魔なだけ。さっき私のことを助けてくれたのも、きっと幻に違いない。
一瞬でも助けてくれた南様に胸がときめいただなんて、一時の気のせいに決まってる。
「お前、もう飯食ったの?」
「……食べてないけど……」
「ふーん」
ポケットに手を突っ込んでいる彼は、私の"出て行って"という視線をフルシカトしながら私のベッドに腰掛けながら、本当に意味のない話題を振ってくる。
本当に何しに来たのよ、この人……。
まあ、話し相手がいるくらい、いっか。と、私は立ち上がって再び備品の整理をする。
仕事用に上司が揃えてくれたスーツ一式も、少し小さくなっちゃったな……。
『何事も清潔感と動きやすさがイチバン!』
上司が口癖のように言っている言葉は、何度も聞かされたせいで私の口癖にもなりつつある。
「はあ、また書い直さないとなぁ……」
小さな呟いて、ハンガーにかけたスーツをクローゼットの中にしまった時。
「沖瀬」
「はい」
いつものように特に興味のなさそうな声が私を呼ぶ。
ーーでも、それに対する返事は必ず"はい"。そこにどれだけの感情がこもっていようとも、ただ呼んでみただけだとしても。
でも、あの人がなんでもないのに私の名前を……?不思議に思ってゆっくりと彼を振り返ると、彼はそっぽを向きながら、床を指差した。
ベッドに腰掛けている自分の、すぐそばの床を。
「……座れ」
「へっ?」
座れって……。座って何するのよ、と、怪訝に思って首を傾げるけど、彼は「座れ」の一点張り。
「な、何するの」
「いーから、命令。座れ」
「えぇ……」
南様は相変わらず上からの口調だ。……まあ、わかりきったことなんだけど。
ジッと私のことを見つめる彼の命令に、しぶしぶ言われた通りに、床に膝をつく。
命令なんて言われたら、逆らえないに決まってるじゃん。立場が違うことを利用して……。
絶対にまた雑用を押し付けられるに違いない。
はぁ、とため息をつきたいのをぐっと堪えて、ベッドに座る彼を見上げた。
「は?正座しろよ」
「姿勢を低くするときはこの座り方じゃなきゃダメなの!」
「はぁ……?」
片膝をついて、足先で体を支えるこの座り方は、私の組織で決められている座り方で。
自分の仕える主人がそばにいる場合、姿勢を比較するときに何か起きたら、いつでも素早く立てるのがこの体勢だから。
「正座。命令」
「……はぁ」
やっぱりこの人に敵う日は、絶対に来ない気がする……。
思わずついてしまったため息。もう、本当に何がしたいのよ……。
正座に切り替えた私は、『暇じゃないんですけど』なんて雰囲気を醸し出しながらツンとそっぽを向く。
「右手」
「……」
「無視すんなボケ、さっさと出せ」