ドSなあなたへ、仰せのままに。
航 side
「ぼっちゃま!大丈夫ですか……!」
停電が復旧し部屋の電気がついた後、使用人の宮下が部屋に飛び込んできた。
「問題ない。宮下、解熱剤とタオル持ってこい」
「しょ、承知しました」
そんな宮下にすばやく指示を下すと、状況を理解したらしい彼は、何も聞き返すことなくすぐに戻って行った。
停電の最中。
軽い過呼吸を起こして力を失った沖瀬の身体は燃えるように熱かった。そこで初めて、体調があまりすぐれなかったことを知ったのだ。
ーーお母さん、お父さん
さっき、涙を溢れさせながらそう呟いていたコイツの声が耳からこびりついて離れない。
沖瀬の過去なんて知らない。だから、どうして泣いているのかすらわからなかった。
俺は、窓の外でゴロゴロと唸る雨雲を見つめた後、ふぅ、と静かに息を吐いた。
「無理しやがって」
「へへ、ごめん……」
沖瀬は、こんな時でも笑って謝った。ただ、いつもみたいな元気な笑顔ではない。
何がボディガードだよ。ボディガードがそんな状態で、俺のことを守れると思っていたのか。
ーーいや、コイツの体調の変化に気づかなかった俺も悪かったか。
そこで、はたと今にも泣き出しそうな表情で謝ってきた沖瀬を思い出す。
『ごめんね。何も知らないのに、無責任なこと言って』
違う、違う違う。
あれは全部、俺が悪かったのに。
一時の感情でコイツを追い出し、避けた。悔しかったから。
コイツの言っていることはわかっていたのに、俺の気持ちを踏み躙られたような気がして。
俺を否定されたような気がして、悔しかったんだ。
なかなか謝らない俺は、きっとプライドが高いのだろう。人生で頭を下げたことなんて、多分一度もない。
謝らなければいけないとわかっている時ほど、俺の中の余計なプライドが邪魔をした。
こんなの言い訳になってねえのに。
俺は、浅く呼吸をしている沖瀬の頭を手をやった。
「……わ、悪かった……な……」
時計の針が時間を刻む音が部屋に響く。やっとの思いで喉から絞り出した声は、すぐ部屋に溶けていくようにして消えた。
ぐ、と握ったてのひらを沖瀬に見られないよう、背中の後ろに回すと、沖瀬は一瞬ポカンと口を開けたが、すぐに笑った。
「かわいいところ、あるんだね」
「なっ……!」
いつもの凛とした笑顔ではない。今はちょっと違う。ふにゃりと笑った沖瀬は、何か大切なものを見つめるよな、そんな瞳を俺に向けていたから。
ぶわっ、と顔が熱くなるのを感じる。それとともに、急に加速している心拍。
なんだ、これ……。
思わず、服の上からドクンドクンと大きな音を立てる胸をぐっと押さえた。
「ふ、顔真っ赤じゃん」
「う、うっせぇ!こっち見んなバーカ!」
その瞬間、沖瀬のことをまともに直視することができなくなる。
なんだか、フィルターがかかって見えて。アイツの周りに、いくつもの照明があるかのように沖瀬のことが光って見えて。
さすがの俺でも、15年間生きてきたんだから、この気持ちに名前をつけられるということくらいわかっている。
「ぼっちゃま、お待たせいたしました。解熱剤とタオルです、あと体温計と熱冷まシートもお持ちしました」
「……あぁ」
「ぼっちゃま?」
「わ、わかってるっつーの!そこ置いとけ!」
「は、はあ……」
俺は、挙動不審になっているのがバレないように、慌てて声を荒げた。
やべぇ、まさか。こんなやつに、こんなガサツで男みたいな女に……っ!
ーー惚れるなんて。