ドSなあなたへ、仰せのままに。
「ちょっと、こんなに高そうなドレス、かわいいけど私のお財布が……っ」
南家から車を走らせて約10分。駅前には、高級ブランド店がこれでもかというくらい、煌びやかなショーケースを構えて立ち並んでいた。
そして、躊躇なく南様が私を連れてきたのは、ゴージャスな雰囲気を身にまとうドレス屋さん。
オレンジ色の照明に照らされたドレスたちは、どれも綺麗で、ピカピカしてて。思わずうっとりしてしまうくらいだった。
そんな中、彼ーー南様は、ある一着のドレスを手に取って私に当てがった。
「これでいいだろ」
ぶっきらぼうに呟いた彼は、即決で私とそのドレスを試着室に放り込んだ。
ーーブラックの、シンプルなドレスだった。
ドレスと言っても、結婚式などで用いられるような大きくてゴージャスなものではない。
シルクのような光沢のある質感で、ワンショルダーのドレス。
ショルダー部分は大きなリボンのデザインになっていて、上下でバランスの取れた美しい一着だった。
「試着、お手伝いいたしますね〜」
「あ……ありがとう、ございます」
慣れない衣服に、なんだか緊張する。しかも、ワンショルダーだなんて、露出多いんじゃ……?
少なくとも私なんかに、きっと似合わないよ。
それにブラックって、縁起云々大丈夫なのかな……。
「黒いドレスには、たくさんの意味が込められているんですよ」
「え……?」
店員さんがドレスの試着を手伝ってくれながら、そんなことを言った。
ドレスの色ひとつひとつに意味なんてあったんだ……。
でも、黒って影や闇を連想させるから、あんまりよくないことを言われちゃったらどうしよう……。
「ーーあなた以外には染まりません」
「へっ」
「彼氏さん、わざわざ黒を選ぶなんて、きっとこの意味をご存知なのでしょうね」
「っ……!」
『あなた以外には染まりません』って……。
確かに南様は、何百着もあるドレスの中から、躊躇せずにこのドレスを手に取った。
白も、ピンクも、水色も、黄色もーー色んな色がある中で、ブラックのドレスなんて、10着もなかったのに。
それなのに、わざわざ……?
改めて意味を理解した瞬間、ぼんっ!と顔が真っ赤になるのを感じた。今にも燃えちゃいそうなくらいに、熱い。
「ふふ、ほら、完成しましたよ。よーくお似合いです」
「わあ……」
ブラックのドレスの意味にあわあわとしているうちに、ドレスの着付けは完成していた。
そして、鏡に映った自分に少しびっくりした。
「すごい……っ」
「ここの胸元についたリボンがよくお似合いですね」
ハンガーにかかっていたままではわからなかったけど、スカートの部分が思ったよりもふわっとしていて、優雅に見えた。
ーーでも、店員さんは似合ってるって褒めてくれたけど……。
本当に、私に似合ってるのかな。
「彼氏さん、お呼びいたしますね」
「えっ、あっ、ちょっと待っーーー……」
南様にこんな姿を見られたら、やっぱりいつもみたいに笑われる気がする……!
似合ってないって……言われちゃう……。
引き留めた時にはもう遅く、着付けを手伝ってくれた店員さんはすでに試着室を出て、南様のことを呼びに行ったみたいだった。
ど、どうしよう……っ。私なんかがドレスなんて、やっぱりダメだったんだ。
どんどん曇っていく胸の内側が、どうしてか苦しい。
これも、仕事の一環なのに。どうして今更恥ずかしいなんて思ってるのよ。
どうして南様に見られたくないって、思ってるのーー……?
「沖瀬」
「あ、開けないでっ」
「は?」
可愛くないところなんて、見られたくない。そう思った瞬間、彼にそう抵抗していた。