ドSなあなたへ、仰せのままに。
こうして、冒頭に至るのである。
「ほ、ほんっとーに申し訳ありませんでした!」
大理石の冷たい床が広がる大きな客間。大きな窓からは洋風の庭が広く写っていて、しかも高い天井からは、大きなガラス製のシャンデリアがぶらさがっていた。
冷や汗をダラダラと流しながら、床におでこをつけて謝る私の前で、高級そうな黒い皮のソファに脚を組んで座っていた彼は「はっ」と短く笑った。
「お前、ご主人サマを出会い頭から背負い投げするってどうなってんの?」
「つか、ふつーにまだいてーんだけど」なんて冗談とも言えぬ声色で腰をさすっている彼。
なぜ私がこんなに謝っているのか、それはもう目の前のお方の発言からわかるだろう。
私が先ほど背負い投げをした挙げ句、締め上げていた相手ーー南航は、あのMINAMIグループの御曹司だったのだ。
MINAMIグループと言えば、家電に銀行、建設ーーありとあらゆるものを創り出し、世界の人々にそれを届けている。
知らない人などいないといっても過言ではないほど、大きな会社。
なによりもお金と効率を重視、目的のためなら手段を選ばない会社のやり方に恨みを持つ他の企業も多いと聞く。
その社長の息子が……彼、南航。
そんな彼のボディガードとして、今日から勤めなければいけないという最悪の事体となっているのだ。
「誠に申し訳ありません……!」
終わりだ……ここを追い出されてしまったら、きっと本社からもクビだと告げられるに決まってる……!
できることなら時間を巻き戻してやり直したい……と、覚悟を決めてギュッと目を瞑る私に、南様は、ため息をついて私の前に立った。
「頭、上げろ」
「……はい……」
しゃがみ込んだ彼は、恐る恐る頭を上げた私の顔を覗き込んだかと思うと、乱暴に顎を掴んだ。
「お前、俺に命懸けれんの?」
まるで獲物を見つけたかのようにギラリと光る瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。
ゴクリと唾を飲み込んだ。
南……航……。今日から私が守らなければいけない、主人様。
有無を言わせぬ彼の雰囲気。
そんな彼から私は、目をそらせないでいた。
そして、気がつけばーー……。
「はい」
彼の口角が、満足げに上がった。