ドSなあなたへ、仰せのままに。
仲直り、しませんか。
凛々しくも淡々とした、感情のない声。
その声が私にも向けられていることを瞬時に理解し、ピクリと肩が跳ねた。
「おはようございます。ーー明智様」
「……あぁ」
私は、すぐに立ち上がって、扉の前に立っている男性に頭を下げた。
南明智ーー
大企業MINAMIグループのCEO、最高経営責任者。
つまり、南航の父親にあたる存在。そして、今の私の仕事の依頼人でもある。
実は、明智様と顔を合わせるのはこれで三度目くらい。同じ屋根の下で暮らしていると言っても、仕事がお忙しいのか、家の中で"生活している"ところは見たことがない。
書類を取りに来ただとか、書斎の方へ調べ物をしに来たらだとか、全て仕事のことが理由で家に帰ってこられることばかりだった。
そして、その度に、息子である南航の様子を見に来るのだがーー……。
「……何」
明智様が顔を出された時にしか聞かない、彼の低い声。
チラリと横目に見ると、彼はさっきまでの私に向けられたイライラした表情とか、そんな生ぬるいものではなく。
「何をしていると聞いてるんだ」
「関係ねぇだろ」
感情を全て捨て去ったような、無表情。光のない彼の瞳が、明智様を見つめていた。
「また遊びに明け暮れているのか」
「悪いかよ」
「……」
ーー明智様は、何を考えているのかわからないお方だった。
初めてお会いした時も、仕事内容についての詳細を説明していただいた時も。
話すこと全てに、一切の私情がないのだ。
息子である彼に対する感情も、全くと言っていいほど読み取れない。
「はぁーーー……」
長い沈黙が続いた後、シン……と静まり返った部屋に、大きな息を吐く音が反響した。
それに少し怯むかのように、彼の眉がピクリと反応する。
それが明智様のため息だと理解するのに、少し時間がかかる。
再び戻った沈黙の中、明智様はどこを見ているかわからないような瞳で、ぽつりと呟いた。
「ーー私は心底どうでもいい。お前が次期社長であることの器を忘れなければ」
「っ……!」
なに、それ……。自分の息子に、どうしてそんなことが平気で……っ。
予想外の言葉に、私は言葉を失った。
「……それだけだ」
「おいコラ、待てよ親父ーー……」
「南様、おやめください……」
「離せバカ!」
「南様……っ」
それだけを言って部屋を出て行った明智様を、南様がすぐさま追いかける。ーーそんな彼の腕を、私は迷わずに掴んで引き留めた。
ダメだよ、今行ったら……。
「なんで……!」
悔しげに口元を歪める彼の腕を掴む力を強める。ダメ、これ以上踏み込んじゃ……。
「もっと傷つくに決まってるでしょ……!」
これ以上、今の状態で彼が踏み込んでしまったらーー。
ーーきっと、彼の何かが、壊れてしまう。
「……親父……」
今にも消え入りそうな声が、虚しく部屋に溶けていく。
南航、彼についてわかったこと、3つめ。
それは、彼が、私の想像を絶するような責任と複雑な感情を抱いているということ。