絶対好きって言わせてあげる。
「う、うぅ……。さっちゃん……。」
思わず呼んだ彼の名が、静かな廊下にコダマする。
ここが人通りの少ない廊下でよかった。
だって……。
こんな泣き顔、恥ずかしくて誰にも見せられないし。
__私、上村花純は今日、人生で初めて失恋をした。
恋の相手は、幼なじみの西島朔くん。
私の初恋の相手で、今年で片思い歴10年目だ。
だけど、もうこの恋が叶うことはない。
だって、彼には彼女ができたから。
学年1の美女と謳われている、彼とお似合いの彼女が。
元々さっちゃんとは家がお隣さんで、幼稚園、小学校、中学校、高校と、私が彼を追って同じ学校に入学しただけであり、幼なじみという関係をなんとか私が続けているだけだった。
さっちゃんはイケメンだし、勉強もできるし、運動神経もいいし、めちゃくちゃ優しいし、そりゃもうモテる。
今まで私がさっちゃんと話せたのは幼なじみという関係があったからで、もし私とさっちゃんが幼なじみじゃなかったら、クラスが同じでもなければ話すこともなかったんだと思う。
そう簡単に想像がつくくらい、私と彼の住んでいる世界は違った。
それなのに、10年もズルズルと初恋を引きずっていたのは、さっちゃんに今まで一回も彼女が出来たことがなかったからだ。
もしかしたら私のことが好きだから彼女つくらないのかな、なんて、期待していた。
ホント、バカみたいだ。
先程みた光景を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。
さっちゃんが彼女を抱き寄せて、そのまま顔を寄せ合い、2人以外誰もいない空き教室でキスをしていた。
思わずまた涙が込み上げてきて、誰もいない放課後の廊下にしゃがみこむ。
その時だった。
「あーあ。上村さん見ちゃったのか……。」
そんな声が聞こえたのは。
「えっ!?」
驚いて顔を上げると、そこにはクラスメイトでさっちゃんと並ぶモテ男子の大澤優雅くんがいた。
「お、大澤くん!?」
泣き顔を見られたら心配されてしまうと思い、慌てて涙を拭いて誤魔化そうとすると、涙を拭こうとした手を大澤くんに取られてしまった。
「え、えっと……。」
「目、腫れちゃうから。」
そう言うと大澤くんは、私と同じように廊下にしゃがみこむ。
そして、私の両手を大澤くんの両手がぎゅっと握ったかと思うと、大澤くんは私をみて真っ直ぐに言った。
「あんな奴やめて、俺にしなよ。」
と。
「俺、絶対上村さんのこと泣かさないから。」
と。
まるで、今にも泣き出しそうな顔をしながら。
私は言われている言葉の意味が理解出来ず、しばし呆然としてしまう。
だけど、大澤くんはそんな私の様子には構わず言葉を続けた。
「俺、もう見てられないよ。上村さんがあいつのせいで泣かされてる所なんて。」
「え、えっと……。」
「上村さんは知らないと思うけど、西島ってめちゃくちゃ女遊びしてるんだよ。」
その言葉で、初めて大澤くんの言っていた"あいつ"がさっちゃんのことなのだと理解した。
「え……?さっちゃんが?」
信じられず大澤くんを見つめ返すと、大澤くんは潤んだ瞳のままこくりと頷く。
「ご、めん……。本当はこんなこと、上村さんに言いたくなかったんだけど、泣いてる上村さん見たら我慢できなくて……。」
そう言って大澤くんは顔を歪めた。
あぁ。大澤くんってやっぱり優しいな。
クラスでも、困っている人がいたらすぐに手をさし伸べている姿を何度も見た。
そんな彼は、私のことなのにまるで自分事のように考えて今にも泣き出しそうな顔をしている。
本当に優しくて温かい人だ。
だけど、こんな私なんかのために泣かないでほしい。
私は大澤くんの手から自分の両手を取り出して、今にも泣き出しそうな大澤くんの両頬を自分の手で包み込む。
「大澤くん、本当のこと、伝えてくれてありがとう。」
そう言って精一杯の笑顔を浮かべれば、大澤くんは一瞬苦しそうな顔をしたかと思うと、うん、と言って大澤くんも笑顔を浮かべた。
「でも、よく分かったね。私の泣いてる理由がさっちゃんだって。」
私は大澤くんの頬から手を離すと、話を変えようと試みてわざと明るくそう言ってみる。
すると大澤くんは少し顔を歪めて、
「あぁ、それは……。実は俺も見ちゃって。」
と、言いにくそうにしながらそう言った。
何を見たのか言わないってことは、つまりそれは私が傷つく出来事だということで。
すぐに私の見た光景を彼も見たのだろうと理解する。
「そしたら、どこからか泣き声が聞こえてきたから、もしかしたら上村さんかも、って思ってここに来たんだ。」
「そうだったんだ……。」
大澤くん、私のことを心配してきてくれたんだ……!
大澤くんの優しさに、胸があったかくなる。
だから、頭の中に浮かんださっちゃんのキスシーンには気づかないフリをした。
「あ、でも、よくわかったね。私が、その、さっちゃんのことが好きだって。」
自分でそう言っておいて、自分のその言葉にまた傷つく。
"さっちゃんのことが好き"、なんて、もう思いたくなかったのに。
そう簡単に10年分積み重なった恋を失った傷みは癒えないよね……。
って、そんなことより今は大澤くんだ。
さっちゃんのキスシーンを見て私が泣くかも、って思ったってことは、大澤くんは私の気持ち、知ってたってことだよね……?
「そりゃあ、まあ。上村さんって結構わかりやすいし。」
「えー!うそっ……!」
思わず大きな声をあげてしまった。
私ってそんなにわかりやすいのかな……?
「それに、好きな人のことなら、見てれば何となくわかるよ。」
「え……?」
大澤くんの発した"好きな人"というワードに思わず首を傾げる。
だって、今の話の流れで言えば、大澤くんの好きな人って……。
「さっき、どさくさに紛れてそれっぽいこと言ったけど、ちゃんと言う。」
そう言うと大澤くんは私の顔を真っ直ぐに見つめて言った。
「俺、上村さんの事がずっと好きなんだ。」
_『あんな奴やめて、俺にしなよ。』
さっき言われた言葉と大澤くんの真剣な表情が、それが真実であることを私に教えてくれる。
そして理解したと同時に、私の頬は真っ赤に染まった。
「え、えっと……。私、今まで大澤くんのことそんな風に見たことなくて……。」
告白なんて初めてされた私はなんて言っていいのか分からず、あわあわと視線をさ迷わせた。
こういう時なんて言うのが正解なの!?
「大丈夫、わかってるよ。」
すると大澤くんが、そんな私の様子を見て、クスッと笑ってそう言った。
「ずっと前から西島のことだけを想ってたのも知ってる。だからきっと、今凄く傷ついてると思う。そんな時にこんなこと言って困らせてごめん。」
申し訳なさそうにそう言う大澤くんを、私はただ見つめた。
「西島のこと好きなのは見ててわかってたけど、それでも諦められなかった。それくらい好きで、大好きなんだ。」
「う、うん。」
「絶対上村さんのこと泣かせないし、一生大事にできる自信もある。」
大澤くんは一度言葉を区切ると、また私のことを真っ直ぐに見つめた。
「だから、これからは俺のこと、そういう目で見てほしい。」
「そういう目……。」
「恋愛対象として、ってこと。」
大澤くんの言葉に、さっきから赤くなってばっかりだ。
「わ、わかった!」
コクコクと頷くと、大澤くんは満足気にニコッと笑う。
放課後会ってから、一番のキラキラした笑顔だった。
さ、さすが学年1、2位を争うモテ男子……!!!
笑顔が眩しすぎる……!!!
そんなことを思いながらも、私は大澤くんが真っ直ぐに伝えてくれた本音にちゃんと向き合うために、私の本音も伝えようと口を開いた。
「で、でもね、大澤くん。私、10年間、ずっとさっちゃんだけが好きだったの。だから……大澤くんの気持ちに答えられる自信が、私にはないよ。」
これが正直な私の本音だ。
ずっとずっと、さっちゃんだけを見つめていた私が、そう簡単に他の人を好きになれる自信がない。
こんな風に真っ直ぐ私のことを思ってくれる大澤くんの気持ちに、答えたいとは思う。
でも、恋って、好きになろうと思って好きになれるものじゃないから。
だから、弄ぶ、っていうのとは違うと思うけど、大澤くんのことをキープ?みたいなことはしたくないよ。
そんな私の気持ちが伝わったのか、大澤くんはとっても優しく微笑むと、
「大丈夫。」
と言って私の手を引く。
そして_
「絶対好きって言わせてあげる。」
私の耳元でそう甘く囁いた。
私は手を引かれた反動で大澤くんの胸の中に飛び込んでしまう。
「お、大澤くん……?」
すると、大澤くんは腕の中にいる私をぎゅっと抱きしめて、
「だから、大丈夫だよ。」
と優しく微笑んだ。
その笑顔を見て、羞恥とか、戸惑いとか、そんなのはどこかに行ってしまい、ただ、大澤くんのこの言葉を信じたい、という気持ちでいっぱいになる。
だから、私も笑った。
「うん、私、信じてるよ。」
ねぇ、大澤くん、私期待しちゃうからね。
「絶対好きって言わせてね。」
大澤くんが、私のことを落としてくれるって。
「任せといて。」
そう言って極上の笑みを浮かべた大澤くんの腕の中、私はこれからの日々に期待で胸を高鳴らせていた。