鉄の道を越えてー奏と文香ー
第1章: 冬の始まりと出会い
冷たい風が奏の顔を撫でる。足元には雪が少しずつ積もり、歩くたびに足音が静かに響く。寒さに身を縮めながらも、奏は自然といつもの道を歩いていた。空は曇り、灰色の雲が低く垂れこめている。周囲の静けさが、まるで世界が一時的に停止したかのような錯覚を与える。
彼は特に何も考えることなく、校門に向かって歩き続けた。しかし、ふとその前に立ち止まる。校門の前に、どこか不自然に立ち尽くしている人物がいた。それは、新しく転校してきたらしい少女――文香だった。周囲が賑やかなのに、彼女はその場でじっと立っている。目の前に広がる雑踏を全く気にせず、ただ静かに立ち尽くすその姿が、どこか異質なものに見えた。
文香の目が、奏の方を一瞬捉えた。その視線が合った瞬間、奏は心臓がわずかに跳ねるのを感じた。彼女の目は、無表情でありながらも、どこか冷たく、何かを隠しているような不思議な力を持っていた。それに引き寄せられるように、奏は思わず足を止めていた。
「新しい生徒?」奏は少し戸惑いながら声をかけた。何気ない一言だったが、心の中では、なぜかその一言が必要だったような気がした。
「はい。」文香は短く答えると、その目を再び外した。無理に微笑むこともなく、ただその場に立っている。彼女の立ち姿には、何か独特の静けさがあった。それは、周りの喧騒が遠く感じられるような、異世界のような空気を作り出していた。
奏はその静けさが心に残るのを感じながら、軽く頭を下げてその場を離れた。だが、何かが引っかかる。どうしてあの目を忘れられないのだろうか。どこかで彼女が隠しているものがあるような気がして、奏は足を速めながらも、心の中でその問いを繰り返していた。
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放課後、奏はいつものように友人の正郎と帰り支度をしていた。正郎は、いきなり奏に声をかけてきた。「お前、さっきの転校生気になってるんだろ?」
奏は一瞬、答えを躊躇ったが、すぐに答えを返す。「気になんかしてない。ただ、新しい生徒だからな。」
「本当に?」正郎はにやりと笑いながら言った。「でも、あの子なんか変だよな。みんなが騒いでいる中で、ひとりだけ立ち尽くしてるしさ。」
奏はその言葉に少しだけ目を細めた。正郎の言う通りだ。文香は周りと全く違う雰囲気を持っていた。周囲の生徒たちは、賑やかな会話を交わしながら帰路につくが、文香はただ一人、その場に立っている。それが一瞬、彼女の中に隠された何かを見たような気がした。だが、気のせいだろう。
「気にしすぎだろ」と奏は軽く笑いながら言ったが、心の中でその言葉を否定する自分がいる。どうしても気になる。気になって仕方ない自分がいる。
正郎はそんな奏を楽しそうに見ていた。「まあ、どうせお前、すぐに何か気になると掘り下げたくなるからな。」
奏はその言葉に無理に笑顔を作りながらも、その心の奥では、文香のことが頭から離れなかった。
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