『ゴツすぎる』と婚約破棄されて追放されたけど、夢だった北の大地で楽しくやってます!〜故郷は剣聖の私なしにどうやって災厄魔物から国を守るんだろう?まあ、もう関係ないからいっか!〜

「剣聖アリアリット・プレディター! 貴様との婚約を、現時点をもって破棄する!」
 
 玉座から立ち上がった国王、ベルレンス・ロッテルフィード様が叫ぶ。
 一瞬なにを言われたのかわからなかったが、定例会議のために集められた貴族の騒めきで少しずつ冷静さを取り戻す。
 婚約破棄。
 つまり、国王陛下自ら約束を違えると。
 
「お待ちください! 陛下! 陛下とアリアリット様との結婚式は一週間後ですぞ!? 今更婚約破棄など、不可能です!」
「そうです! それになにより、アリアリット様はこの国を守る世界唯一の剣聖! 国守たる彼女との婚約破棄など、いったい今後の国の守りをどうなさるおつもりか!?」
「そんなものは冒険者に任せておけばよい。だいたい、最後の戦争が終わって二百年。勇者リードの加護で魔物も減少傾向の現代で、剣聖などという野蛮な“兵器”は時代遅れだ! そんな野蛮な女を、なぜ娶らねばならん? こんな野蛮な女よりも、これからの時代は賢く美しい、国政を支える淑女を王の伴侶とすべきであろう!」
 
 進言した貴族を睨みつけながら、ベルレンス様は言い放つ。
 一部の貴族は「それは……」「確かに……」と口籠もりながらも賛同の声を漏らす。
 陛下の言うことは、もっともである。
 私も納得してしまうくらいには、正論であり納得の理由であった。
 ならばと顔を陛下に向けたところで、陛下はさらに私を指差した。

「第一、本当にこいつは女の自覚がない!」

 とか言い出した。
 それはそう。
 剣聖として、騎士たちと共に育てられたからな。
 女の自覚は足りないと思う。

「筋肉質でゴツくて!」

 それはそう。

「こんな化粧っ気もなく!」

 それはそう。

「今こうした場ですら鎧を纏い、ドレスの一つも持っていない!」

 それはそう。

「女らしい趣味もなく、刺繍したハンカチの一つも贈ってこない!」

 それはそう。

「話す話題と言ったら魔物の倒し方、剣の訓練の話!」

 それはそう。

「乗馬を共にすればいつの間にか乗馬勝負になり」

 それはそう。

「食事はできるだけ早く多く詰め込むように食べてマナーもなっていない!」

 それはそう。

「髪は短く、櫛もリボンも贈ることもできん!」

 それはそう。

「見ろ! あの一見ふくよかに見える胸を! 脂肪ではなく胸筋だぞ!」

 それはそう。

「こんな女を国交の場に連れて行けるか!? これからの時代は賢く見目の麗しい淑女が王の伴侶となるべきだ! 貴様のような女は国母に相応しくない! どこへなりといくがいい!」
「かしこまりました。御前を失礼いたします」
「お、お待ちください! やはり考え直しを! ――陛下! 確かに世界は平和になり久しゅうございます……! しかし、勇者リードにより魔王は倒されわけではございません! いつか復活するやもしれぬのです! だというのに剣聖であるアリアリット様を国守の地位より外すのは……!」
「婚約を破棄するだけだ。国守の地位から外すとは言っておらん」

 進言した貴族を睨みつけ、さらに私を冷たい目で見下ろす。
 この期に及んで私の“力”だけは欲するのか。
 さすがにそれは虫がよすぎる。

「先程『どこへなりといけばよい』とおっしゃったのは陛下ではないですか。剣聖の座、私では力不足のようでございますから、お返しいたします。それに、これからは平和を重視した国政を行われるとのこと。そのために私のような“力”はない方がよろしいでしょう」
「な……っ!」
「それでは今度こそ失礼いたします」
「ちっ! さっさと去れ! 二度とこの国に戻るな!」
「へ、陛下!」

 未だ陛下を咎めるように声を上げる重鎮がいることに、心のどこかで安堵をしながら踵を返し、謁見の間から出る。
 中の声が聞こえていただろう、入り口の警備兵が困惑の眼差しを私に向けていた。
 それに微笑んで見せてから、真っ直ぐに城の玄関ホールを目指して歩き出す。
 途中で溜息を吐き出し、力を抜く。
 いやぁ、まさか陛下にこうとあっさりと婚約を破棄されるとは。
 しょせん平民出の私との婚約は、陛下もずっと不快に思っていたのだろう。
 陛下が国の将来を見据えて平和路線のために智と美に秀でた女性を望まれるのなら、それはそれでよい傾向といえるのではないか?
 少なくとも私もそれには賛成だ。
 それよりも、国を守るという大義名分を失った今、私はどこへでも行けるようになったのだな。

「それなら……ずっと行ってみたかった北へ行ってみようかな……!」

 雪深く、未開の土地『永久凍国土(ブリザード)』。
 噂では毛深くて強い人間しかいないらしい。
 剣聖として生まれ、生きてきた強き者がたくさんいる場所に惹かれるものがあるのだ。
 よし決めた、北へ行こう。
 まずは家に帰ってから――

「!」

 前方から長いヴェールを被った白い法衣を纏った美女が騎士を伴って歩いてくる。
 彼女は……もしかして、最近噂に聞く神殿の聖女、か?

「「――――」」

 視線が交わる。
 白い肌。薄紅の唇と頬。長いまつ毛の隙間から見える水面色の瞳。
 ほっそりとした体のライン。胸元で組まれた細い指。
 その薬指にはベルレンス様の瞳と同じ色の宝石が嵌った指輪。
 私の姿を見た瞬間、彼女は唇の端を少しだけ上げて会釈をした。
 私もそれに対して軽い会釈を行う。
 今の時点で共に同じ神殿所属には違いないからな。
 だが――あれが“次世代の国守”なのだろう。
 美しく、賢く、王を支える器量のある国母になり得る存在。
 私のような旧時代の存在は、ただ去るのみ。
 物悲しさなどはなく、むしろ晴々とすらしている。
 私は――剣聖は役目を無事に終えることができたのだ。

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