『ゴツすぎる』と婚約破棄されて追放されたけど、夢だった北の大地で楽しくやってます!〜故郷は剣聖の私なしにどうやって災厄魔物から国を守るんだろう?まあ、もう関係ないからいっか!〜
「セッカ先生……セッカ殿は何者なのであろうか」
うっかり呟いてしまう。
『持たぬ者』でありながら、古代魔法を扱えるなんて世界中から称賛を受けて然るべき人間ではないだろうか。
それなのに、こんな北の町の中に住んでいる。
賢者と言われても納得するほどの知識を持っているし、子どもたちや町の人たちからのこの信頼度の高さも頷けるのだが……。
疑いようもなく――彼は『持たぬ者』だ。
ひどい環境に生まれたら、足手纏いになるからと赤子の時点で殺される。
貴族の中にもまともな生活を望めないからと憐れまれ、殺されることがほとんど。
それが『持たぬ者』。
だが、彼はそうではない。
「セッカ先生はセッカ先生だよ?」
「うふふ。あの方は滅んでしまった北の王国『ヴォルティスキー王国』の末裔なの。ヴォルティスキー王国は極寒に苛まれて衰退し、今はこのアイストロフィを残すのみとなった、すでに亡国。でも町を守ってきたヴォルティスキー一族は“家族”を見捨てぬ信条から、『持たぬ者』であるセッカ様のことも強く賢く育ててこられた。残念ながら十年前の雪崩でセッカ様のご両親は亡くなられてしまったけれど……あの方は努力を続けられて、町をここまで復興したの。だからみんなあの方を尊敬しているのよ」
「ここに、国があったのですか?」
「六十年前には国として体をなせなくなっているわ。今はこの町だけが、その名残り」
ゆっくりと滅ぶだけの国が町となり――セッカ先生は町をクラッツォ王国の王都並に復興させたということなのか。
というか、血筋としては王族……!
「さあ、体を洗って湯船に浸かりましょう。全身を湯に浸けるのは本当に気持ちがいいのよ」
「あ、ああ……」
バスタブにお湯を注いだものとは違う、大きな浴槽に緑色の葉っぱが浮かんで爽やかな香りを漂わせる湯船。
ギョッとして「なんだあれ」と言ってしまった。
香りとしては薬草のようだが……。
「あれはヨモギ湯。薬湯よ」
「よもぎゆ?」
「ヨモギという薬草が森に生えているの。それを乾燥させて湯につけたお湯よ。一週間に一度薬湯の日があるんだけれど、今日はその日。ヨモギの湯は肩凝りや冷え性によく効くの。肌もツルツルになるし、上がったあとも暖かいのよ」
体を洗い、頭も洗う。
ここでまた驚きの事態。
シャワーヘッドと呼ばれる細長い蛇のようなものから、お湯が出た!
ジョウロのように先端に細かな穴がたくさん開いており、そこからお湯と水が出る。
スイッチを切り替えるとお湯だったり水だったりに替わるのだ。
い、いったいなんだこれは!?
こんな技術、クラッツォ王国にはなかったが……!?
なんでみんな平然と使っているんだ!?
常識なのか!? 常識なのか!? この国では!? そんなことある!?
これも古代魔法が使われている!?
すごくないか、この町……なんでこんなに技術が進んでいるのに国じゃなくて町なんだ!?
「こ、このお湯が出るの……すごいな」
「他の国にはないの?」
「ない。どうなっているんだ?」
「古代魔法を付与した魔石が用いられていると聞いているわ。技術に関しては職人が作ったものだから、私も詳しくは知らないけれど……」
「ほ、ほう……」
「でも、この町のものはだいたい職人が作って町民の家にも普及しているから、別に珍しいものではないわよ」
「珍しいものではないのか!?」
とんでもない……とんでもないぞ、この町。
他の町……いや、国への出荷などはしないのか、と聞くと首を横に振られた。
この町に住む人は皆、他の国から理不尽な理由で追い出されたり、口減らし――いわゆる一方的な理由での追放をされて流れ着いたものがほとんど。
祖国に絶望し、マットレーアス国へ帰ることも叶わない。
彼らは私と同じ境遇。
彼女の方を見ると、にこにこ物の置き場を教えてくれた。
備品として置いてあるものは自由に使用していいが、亡くなったら自分で補充するんだそうだ。
シャンプーにも薔薇のようないい香り。
なんというか、香りだけで心休まるな。
「おふろー!」
「こら、ロール! 走っちゃだめー! 滑って転んだら怪我しちゃうー!」
「キャハハハハ!」
幼児特有の甲高い笑い声。
駆けていくロールを追って、早歩きで浴槽に向かう。
確かに濡れている床は滑りやすくて危ないからな――
「きゃ」
「危ない!」
なんて思っていたらロールが期待を裏切らず滑って転びかける。
咄嗟にスライディングで抱えると、女性とレサに口をアングリされてしまった。
……風呂場でスライディングははしたなかっただろうか。
「すごーい! さすが剣聖のお姉ちゃん!」
「本当にすごいわね。本当に本物の剣聖様だったのね……」
「あ……疑われていたのか?」
「いえ、だって世界に五人しかいない五大英雄の一人が、本当に目の前にいるなんて思わないでしょう? えっとアリアリット様?」
「アリアで構わない。……そういえば、あなたの名前をまだ伺っていなかった」
「あら、ごめんなさい。マルタよ」
「よろしく頼む。マルタ」
ロールを立たせ、気をつけるんだぞ、と言い聞かせている。
それから四人で並んでヨモギの薬湯に入った。
鼻腔から脳に抜けるかのような爽やかな草の香り。
「いい香り……」
「落ち着く香りでしょう? ヨモギは特に香りの強い薬草なの。パンに混ぜたり、お茶にして飲んだりもできるのよ」
「なんと。使い道がたくさんあるのだな」
「薬草は本当に多種多様な使い方があるのよ〜。セッカ様は特に薬学に精通しておられるから、興味があるなら教わるといいわ。古代魔法も薬草を使うって聞いたことがあるし」
「え! そうなのか!?」
「詳しくは知らないわ。セッカ様にお聞きした方が詳しく教えていただけると思うし」
「そ……そうなのか」
薬草を魔法に使う……?
想像もつかんのだが……っていうか、古代魔法について、教えてもらえるものなのか……!?