林高の紅一点
「逸花、はよ! 今日も相変わらずはえーな」

この男は君島尊。

自称ヤンキーを名乗ってるにも関わらず、黒髪で制服も着崩さない不届きものだ。

前にポツリと、不良ならピアスくらい開ければいいのにと言ったら、間に受けて次の日に耳に安全ピンをつけて登校してきたので、それから私はこいつのスタイルに口を出すのをやめた。

冗談が通じない不良怖すぎる。

そして、

「うわっ」

「……チョコ」

地の底から搾り出したかのような声が、耳のすぐそばで響く。

私は鞄から、飴玉を取り出すと、右肩に乗っかる男の口元に放り込んだ。

「……チョコじゃない」

「今それしかないの」

「えー」

この綺麗な顔をした無気力男は、風見天音。私がお菓子を常備しているのを知ってから、何かとたかってくる。

近くで見ると、長いまつ毛に、雪のように白い肌、下手なアイドルより美少女だと思う。

私は林高の唯一の女子生徒でありながら、彼に可愛い担当を脅かされている。そんなことってある?

そして、もう一人。

「こら、天音。鬼頭さんを困らせちゃダメだよ」

三春紫苑。

この中では比較的まともな性格をしている常識人。

まぁ、普通の男子高校生は、こんなに鮮やかな赤髪をしていないだろうけれど。

「おはよう、三春くん」

「あぁ、おはよう」

三春くんはにっこりと人好きのする笑みを浮かべる。

入学してからはや一ヶ月。

私は普段、クラスでは彼ら三人と過ごすことが多くなっていた。

というのも、乙女ゲームで不良キャラに耐性のある私が、物怖じせずにクラスメイトとコミュニケーションをとっていたところ、なぜか(?)君島に気に入られ、自然と君島と仲のいい二人が形成していた彼のグループに私も入る流れになったのだ。

君島のことは林高に入るまで知らなかったのだが、ここら辺の地域では、喧嘩が強いことで有名らしい。

天音と三春くんとは、同じ中学に通っており、その頃からの付き合いだとか。

そのため学内には、彼のことを慕っているものも多く、彼のグループにいる私もその恩恵に預かっていた。

女子一人だと浮くかなって不安に思っていた高校生活だけれど、彼らのおかげで今のところ特に問題なく毎日を過ごせている。


「ねぇ、今度、宮川第一と喧嘩するって本当?」

私が君島に聞けば、彼はニカっと笑う。

「あぁ、そのつもりだ! よく知ってたな」

「朝、声かけられたの。舎弟?の人たちに」

「舎弟?」

キョトンとした表情でそう聞き返されてしまっては、なんだか私の言い方がおかしいみたいで恥ずかしさが込み上げてくる。

「だって、あの人たち名前聞いても、私に名乗るほどのものじゃないとかなんとか言って、教えてくれないんだもん! 終いには番号で呼んでくださいとかいうし」

「だから舎弟って」

天音が鼻で笑う。

「ヤンキー漫画でよくそんなふうに呼んでるじゃん」

思わず拗ねたような口調になる。
でも、私は悪くないぞ。だって、私に対するあの人たちの態度が仰々しいのが発端なんだから。

「へぇ」

君島は物珍しそうにそう言い、三春くんは落ちついた口ぶりでこう分析した。

「坂本くん、山口くんあたりじゃないかな? 鬼頭さんのことよく慕っているようだったし」

「……あいつらか」

「別に私を慕ってるってわけじゃなさそうだけどね」

きっとみんな本当は、君島たちに声をかけたいんだと思う。でも、近寄り難いから、いちばん話しかけやすい私に声をかけてくるというところだろうか。

「んなことより、宮川第一との喧嘩、逸花も来るか? 来週の月曜日、学校終わりに野口公園でするつもりだ!」

目をキラキラと輝かせてそう言う君島。

内容と表情が一致しないとはまさにこのことだ。

「私はパス。塾があるから」

そうでなくとも私ははなから行くつもりはない。

だって、喧嘩の現場に私が行ってもどうしようもないだろう。  

「そうか……じゃあ、また次の機会な?」

あからさまにシュンとする君島に、私はそんな機会あってたまるかと内心ツッこんだ。

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