林高の紅一点
「ねぇ、あの子ちょっと遅くない?」
天音の言葉に三春は頷く。
「そうだね、両替機そんなに遠くないはずだけど。何かあったのかな」
「……探しに行くぞ」
君島は内心焦った。
もしかして、と嫌な予感が頭をよぎる。
いつも喧嘩に明け暮れている俺たちと一緒にいたことで、変な奴に目をつけられたのかもしれない。
周囲に気を配っているつもりでいたが、万が一ということもある。
あいにく自分のことを恨んでいる相手には思い当たる節がありすぎて、不安は募る一方だった。
その喧嘩の矛先が自分に向かってくる分には大いに歓迎するのだが、もし彼女に何かあったらと思うと……。
「逸花!!」
「へ?」
両替機の前で、見知らぬ男に肩を掴まれている逸花を見つけると君島はいてもたってもいられなかった。
悪い想像が現実になってしまった、と。
「そいつから離れろ!」
そう叫ぶと、二人の間に割って入る。
「っ、」
手を弾かれた男は、その手を庇うようにもう片方の手で包み込んだ。
そして、いきなり目の前に現れた君島を映すその瞳には明らかに侮蔑の色が浮かんでいる。
「……何すんだよ」
「それはこっちのセリフだろ! 俺のダチに気安く触ってんじゃねぇよ」
「ねぇ、ちょっと」
「逸花は下がってろ」
「でも、」
「……ダチ? はっ、お前とコイツが、か?」
男の灰色の瞳が嘲笑めいて揺れる。
「あぁ? なんか文句あんのか?」
「尊!」
君島が現れた方からは、三春くんと、天音が走って飛んでくる。
「チッ、なんなんだ、全く。次から次へと」
まるで虫ケラを見るかのように、冷たい視線を二人に向けた男は、乾いたため息をついた。
「おい、オマエ何が目的だ? 喧嘩しテェなら」
「君島!」
私は君島の腕を思いっきり引っ張った。
「いっ、な、なんだ?」
君島は困惑気味にこちらを見下ろす。
「こいつは、三枝誉。私の……私の……何?」
その言葉に一同はズッコけた。
「おい、鬼頭、オマエふざけんなよ!」
「……だって、私たちもう塾も違うわけだし」
気まずそうにそう口にする逸花に、男は続けた。
「ライバルだ、ラ・イ・バ・ル」
「ライバルだぁ?」
君島は三枝のことを頭からつま先まで観察した。
たしかに、自分の知り合いというには随分と上品な出立をしたその男は逸花の知り合いと言った方がしっくりくる。
グレー生地のジャケットに入った胸元のワンポイントの刺繍は洒落ており、全体的に洗練された雰囲気の制服はいいとこのお坊ちゃんという風だ。
「あぁ、そうだ。俺とコイツは小学校の頃から同じ塾に通ってたんだ__」
それから始まったのは三枝誉と言う男の一人語りだった。
「鬼頭がやってくるまで、あの教室では俺が一番の成績だった」
『今回の塾内テストの一位は三枝誉くんです。皆さん拍手』
『げぇ、また三枝かよ』
『三枝くん、すごいね。どうしたら、そんなにいい点数がとれるの?』
一位であることは俺にとって当たり前のことだった。
なぜなら努力を怠らない俺が誰かの下になることなどあり得なかったから。
あいつが、鬼頭逸花が入塾してくるまでは。
『逸花ちゃん、また満点だったの?』
『そうみたい』
特段努力してなさそうなのに、涼しげな顔でそう言い放ったオマエのことが俺は許せなかった。
まぐれに決まってる。ちょっと運が良かったからって、調子に乗るなよ。
俺はこれまで以上に血の滲む努力を重ねた。
『今回のテストの一位は鬼頭逸花さんです』
それなのに、コイツが来てからというもの俺は万年二位に転落。
ついに一位を取り返すことはできなかった。
それからというもの、絶対こいつに勝ってやる、その想いだけで、俺は勉強に励んだ。
そして、コイツが王蘭高校を受けると聞いたとき、俺はやっと決着をつける時が来たと思った。この入試で俺が首席合格すれば、公的に鬼頭への勝ちを宣言できる。俺たちの戦いに決着をつけるのに、こんなにうってつけの機会はない。
そして、俺は晴れて首席合格の連絡をもらった。
その時、俺はやっとけじめをつけれたと思ったんだ。俺と鬼頭との関係に。これで前に進める、そう思ってたのに。
「っ、ふざけるなよ、なんでオマエは王蘭を受けてないんだよ?!」
「だから、体調不良で受けられなかったんだって」
「オマエはバカか! 体調管理は受験生の常識だろ!」
「うっ」
正論すぎて何も返せない。
すると、天音はつぶやいた。
「だから、林高に来たんだ。逸花ってバカだね」
「コラ、天音」
三春くんが、天音を嗜める。
「……な」
ずっと黙っていた君島がボソッと呟く。
「な、なんだよ」
三枝が怪訝そうな表情を浮かべ聞き返せば、君島がガッと身を乗り出して三枝の両肩を両手で掴んだ。
「お前、カッケェな」
「は?」
それは三枝だけではなく周りにいた君島以外全員の心の声が漏れ出たようだった。
「負けてもなおずっと努力してきたんだろ? 逸花に勝つために」
「っ、離せよ、オマエに何がわかんだよ!!」
三枝は君島の手を振り払った。
「……勝ったと思ったら、不戦勝で、しかも文句言ってやろうにも勝手に塾も辞められてた不憫な俺の気持ちが」
「ごめんって」
「なんだか気の毒」
「うーん、たしかに?」
「天音と三春くんまで……」
「俺は許さないからな。その上、聞くところによれば林高に入学したとか。それで今日張ってみれば、このザマだ。こんな、見るからに頭の悪そうなヤンキーなんかとつるんで」
ビシッと指を指された君島は少しびっくりしたような顔をして目を丸くした。
あぁ、もう。
今度は私が三枝と君島の間に入る番だった。
「三枝、確かにあなたに塾を辞めること言わなかったのは不親切だったかもしれない。それはごめん。でもさ、私が誰といようがそれは私の自由じゃない?」
「つるむ相手は選んだ方がいい。俺はお前のためを思ってだな」
「そういうの迷惑だから」
「オマエは俺よりもこいつらを……」
「なに?」
「っ、もう勝手にしろよ! 後悔してもしらないからな!!」
三枝は捨て台詞を吐くと、駆け出していく。
「逸花、追わなくていいのか?」
彼の去っていく後ろ姿に、君島が尋ねる。
「いいの、いいの。それよりごめん」
「何のことだ?」
「いや、三枝が暴言吐いたから。その……頭が悪そうとか」
私が遠慮がちに聞くと、
「まぁ、事実だからな」
と、君島はいやにケロッとしている。
「尊は事実は指摘しても怒らないよね」
天音がぽそりと言う。
「そうなんだ」
君島は私の想像以上におおらかなのかもしれない。
うーん、不思議な男だ、君島尊。
「それより、逸花、お金崩せたか? 最終決戦やるぞ!」
私の言葉を聞く前に、私の腕を掴んで走り出たす。
「ちょ、ちょっと!」
「結局、やるんだ」
「ふふ、最後まで見届けようか」
林高での毎日は今日も変わらず賑やかな模様です。
天音の言葉に三春は頷く。
「そうだね、両替機そんなに遠くないはずだけど。何かあったのかな」
「……探しに行くぞ」
君島は内心焦った。
もしかして、と嫌な予感が頭をよぎる。
いつも喧嘩に明け暮れている俺たちと一緒にいたことで、変な奴に目をつけられたのかもしれない。
周囲に気を配っているつもりでいたが、万が一ということもある。
あいにく自分のことを恨んでいる相手には思い当たる節がありすぎて、不安は募る一方だった。
その喧嘩の矛先が自分に向かってくる分には大いに歓迎するのだが、もし彼女に何かあったらと思うと……。
「逸花!!」
「へ?」
両替機の前で、見知らぬ男に肩を掴まれている逸花を見つけると君島はいてもたってもいられなかった。
悪い想像が現実になってしまった、と。
「そいつから離れろ!」
そう叫ぶと、二人の間に割って入る。
「っ、」
手を弾かれた男は、その手を庇うようにもう片方の手で包み込んだ。
そして、いきなり目の前に現れた君島を映すその瞳には明らかに侮蔑の色が浮かんでいる。
「……何すんだよ」
「それはこっちのセリフだろ! 俺のダチに気安く触ってんじゃねぇよ」
「ねぇ、ちょっと」
「逸花は下がってろ」
「でも、」
「……ダチ? はっ、お前とコイツが、か?」
男の灰色の瞳が嘲笑めいて揺れる。
「あぁ? なんか文句あんのか?」
「尊!」
君島が現れた方からは、三春くんと、天音が走って飛んでくる。
「チッ、なんなんだ、全く。次から次へと」
まるで虫ケラを見るかのように、冷たい視線を二人に向けた男は、乾いたため息をついた。
「おい、オマエ何が目的だ? 喧嘩しテェなら」
「君島!」
私は君島の腕を思いっきり引っ張った。
「いっ、な、なんだ?」
君島は困惑気味にこちらを見下ろす。
「こいつは、三枝誉。私の……私の……何?」
その言葉に一同はズッコけた。
「おい、鬼頭、オマエふざけんなよ!」
「……だって、私たちもう塾も違うわけだし」
気まずそうにそう口にする逸花に、男は続けた。
「ライバルだ、ラ・イ・バ・ル」
「ライバルだぁ?」
君島は三枝のことを頭からつま先まで観察した。
たしかに、自分の知り合いというには随分と上品な出立をしたその男は逸花の知り合いと言った方がしっくりくる。
グレー生地のジャケットに入った胸元のワンポイントの刺繍は洒落ており、全体的に洗練された雰囲気の制服はいいとこのお坊ちゃんという風だ。
「あぁ、そうだ。俺とコイツは小学校の頃から同じ塾に通ってたんだ__」
それから始まったのは三枝誉と言う男の一人語りだった。
「鬼頭がやってくるまで、あの教室では俺が一番の成績だった」
『今回の塾内テストの一位は三枝誉くんです。皆さん拍手』
『げぇ、また三枝かよ』
『三枝くん、すごいね。どうしたら、そんなにいい点数がとれるの?』
一位であることは俺にとって当たり前のことだった。
なぜなら努力を怠らない俺が誰かの下になることなどあり得なかったから。
あいつが、鬼頭逸花が入塾してくるまでは。
『逸花ちゃん、また満点だったの?』
『そうみたい』
特段努力してなさそうなのに、涼しげな顔でそう言い放ったオマエのことが俺は許せなかった。
まぐれに決まってる。ちょっと運が良かったからって、調子に乗るなよ。
俺はこれまで以上に血の滲む努力を重ねた。
『今回のテストの一位は鬼頭逸花さんです』
それなのに、コイツが来てからというもの俺は万年二位に転落。
ついに一位を取り返すことはできなかった。
それからというもの、絶対こいつに勝ってやる、その想いだけで、俺は勉強に励んだ。
そして、コイツが王蘭高校を受けると聞いたとき、俺はやっと決着をつける時が来たと思った。この入試で俺が首席合格すれば、公的に鬼頭への勝ちを宣言できる。俺たちの戦いに決着をつけるのに、こんなにうってつけの機会はない。
そして、俺は晴れて首席合格の連絡をもらった。
その時、俺はやっとけじめをつけれたと思ったんだ。俺と鬼頭との関係に。これで前に進める、そう思ってたのに。
「っ、ふざけるなよ、なんでオマエは王蘭を受けてないんだよ?!」
「だから、体調不良で受けられなかったんだって」
「オマエはバカか! 体調管理は受験生の常識だろ!」
「うっ」
正論すぎて何も返せない。
すると、天音はつぶやいた。
「だから、林高に来たんだ。逸花ってバカだね」
「コラ、天音」
三春くんが、天音を嗜める。
「……な」
ずっと黙っていた君島がボソッと呟く。
「な、なんだよ」
三枝が怪訝そうな表情を浮かべ聞き返せば、君島がガッと身を乗り出して三枝の両肩を両手で掴んだ。
「お前、カッケェな」
「は?」
それは三枝だけではなく周りにいた君島以外全員の心の声が漏れ出たようだった。
「負けてもなおずっと努力してきたんだろ? 逸花に勝つために」
「っ、離せよ、オマエに何がわかんだよ!!」
三枝は君島の手を振り払った。
「……勝ったと思ったら、不戦勝で、しかも文句言ってやろうにも勝手に塾も辞められてた不憫な俺の気持ちが」
「ごめんって」
「なんだか気の毒」
「うーん、たしかに?」
「天音と三春くんまで……」
「俺は許さないからな。その上、聞くところによれば林高に入学したとか。それで今日張ってみれば、このザマだ。こんな、見るからに頭の悪そうなヤンキーなんかとつるんで」
ビシッと指を指された君島は少しびっくりしたような顔をして目を丸くした。
あぁ、もう。
今度は私が三枝と君島の間に入る番だった。
「三枝、確かにあなたに塾を辞めること言わなかったのは不親切だったかもしれない。それはごめん。でもさ、私が誰といようがそれは私の自由じゃない?」
「つるむ相手は選んだ方がいい。俺はお前のためを思ってだな」
「そういうの迷惑だから」
「オマエは俺よりもこいつらを……」
「なに?」
「っ、もう勝手にしろよ! 後悔してもしらないからな!!」
三枝は捨て台詞を吐くと、駆け出していく。
「逸花、追わなくていいのか?」
彼の去っていく後ろ姿に、君島が尋ねる。
「いいの、いいの。それよりごめん」
「何のことだ?」
「いや、三枝が暴言吐いたから。その……頭が悪そうとか」
私が遠慮がちに聞くと、
「まぁ、事実だからな」
と、君島はいやにケロッとしている。
「尊は事実は指摘しても怒らないよね」
天音がぽそりと言う。
「そうなんだ」
君島は私の想像以上におおらかなのかもしれない。
うーん、不思議な男だ、君島尊。
「それより、逸花、お金崩せたか? 最終決戦やるぞ!」
私の言葉を聞く前に、私の腕を掴んで走り出たす。
「ちょ、ちょっと!」
「結局、やるんだ」
「ふふ、最後まで見届けようか」
林高での毎日は今日も変わらず賑やかな模様です。