短編集
執事の家系。生まれ育った環境を物語るような立ち振る舞い。
一般家庭の私とは違う。
越水くんからの視線を受け、想いを告げられたと言うのに。
私は。
「……っ。」
『ごめんなさい』
その言葉を呑み込むように、私は口を閉ざす。
「古海?」
自分の表情など分からない。
だけど感情と同調しているなら複雑で、越水くんを困らせてしまうかもしれない。
「ごめんな、俺……」
越水くんの優しさが、言い表せない程の痛みを生み出した。
胸が苦しくて、息をするのも困難な程。
私は両手で彼をゆっくり押し退け、顔を逸らして距離をとる。
「先に行くね。」
越水くんを見ずに、私は走り出した。
追いかけては来ない。
ホッとする自分がいる。
そして藤九郎と同様に、彼を利用しようとする私がいた。
自分が壊れていく……
こんな状況から逃げたいのに。
私の通る道は家と学校の往復、そしてその近辺。
どこに行けると言うのだろうか。
誰かに頼ることも出来ず、すぐに連れ戻されてしまうような扶養の身。
後何年、繰り返せばいい?
想いも無い恋愛など……
嘘でも藤九郎に押し付けてしまった。
そんな我儘を受け入れてまで、私に対する気持ちは揺らがないのだろうか。
満ちていく。心に空いた隙間を埋めるような感覚。
誰かに必要とされているようで、甘い幸せ。
そんなものを受ける資格など、私には。
「ねぇ、あなた。越水くんから告白されて、どうしたの?」
うつむいて歩いていたから、視界に入っていないところから声がした。
でも明らかに、私に対して話しかけているのが分かる内容。
目を上げ、そこに居たのは菊水 一栄(きくすい かずえ)。
同じクラスだけど、あまり話をしたことが無い。
越水くんの告白の事を知っているなんて。
「どうして私に訊くの。彼が私に告白をする事を、知る事が出来たなら、結末も同じ情報源から聞けばいいわ。」
これ以上、問題を増やさないで欲しい。
睨んで敵意を示す私に、彼女は視線を逸らしてため息を吐く。
「そうね、あなたの言う通りだわ。」
あれ、自分の中で予想していたような反応じゃない。
何故か、それで安心してしまった。
「ごめんなさい。私、心の余裕がなくて。冷たい言い方だった。……だけど。」
告白を断ろうとする自分の意思など、彼に対して曖昧にしているのに、他人から情報が入るのもどうかと思う。
視線を私に戻した彼女は苦笑を見せる。
「古海さん、私の名前って知ってる?」
「菊水 一栄(きくすい かずえ)さん。だよね?」
彼女の意図が見えなくて、少し身構える。
「越水くんとは遠縁なの。ずっと好きだったわ。」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
どうして親しくない私に告げるのかも理解できず。
それでも共通の何かを感じた気がする。
「菊水さん、私は……別の好きな人が居る。」
名前は出さない。
ここまで言っているのに、自分では認めていないのだと、歯止めのつもりだった…………