短編集

彼女の声が優しく頭に響く。

「言ったでしょ、私は自分を護る為に誰かを利用するんだと。」

「踏み止まった事も聞いたわ。私はね、あなたが今の状況と距離を置くべきだと思うのよ。さ、授業が始まるわ。放課後までに、私の家に来るか考えておきなさい。」

菊水さんは同い年なのに、お姉ちゃんみたいだな。
教室までの道程、彼女は前を真っ直ぐ見つめて歩く。


『馬鹿ね。あんなの、周りに好きだと言っているようなものよ?』

追いかけてきた菊水さんが私に、最初に言った言葉。
私の気持ちは、そんなに単純だろうか。

『好きな人が居る』

口に出してしまった。
私の想いを。

だけど認めるわけにはいかない。
今までの経緯を菊水さんに一通り吐き出し、考えがまとまったと思って出した結論は間違っている。

そう、私自身が知っている。
逃げても問題は解決しない。

答えは自分の中にある…………



放課後。

私は藤九郎に、菊水さんの家に泊まることを告げた。
真っ直ぐ見上げた私に、藤九郎は視線を逸らさず苦笑。

「七帆、俺に黙っていることが何かあるよね?」

「あり過ぎて、どのことを言っているのか分からないわ。ごめん、菊水さんを待たせているから。」

今日見た藤九郎の笑顔と苦笑。
私の態度が、彼の表情や感情を左右する。

どこか優越感を抱きつつ、嬉しいくせに……
冷たく接してしまう。

そうしなければならないと、自分を律するように。
認めたくない。認めてしまうと、私が崩れてしまいそうになる。


「ちょっと、そんな辛気臭い顔で家に来ないでよね。少し寄り道をしましょうか。さ、行くわよ!」

下駄箱で待ち合わせた菊水さんは、到着した私の顔を見て、心配そうな表情で口早に告げた。
私の手を引いて、どんどん歩いて行く。

少し早いけれど、付いて行けないような速度じゃない。
後ろから見える彼女の顔は、やはり真っ直ぐで、進む道に向けられている。

私は誰かの視線ばかりを気にしていた。
目を落とし、目前の道さえ周りも見ずに、狭い範囲だけを見つめて。

彼女の足が止まり、私も立ち止まる。

「見て、今日は良い天気だね!」

彼女の笑顔に誘われて目を上げ、久々に青空を見たような気がした。
顔を上げたまま目を閉じ、自分を通り越していく風を感じる。

自分がここに存在することを意識して、目を開く。
心は一層軽くなり、自分が笑顔になっていることに気付く。

「菊水さん。私、あなたのことを下の名前で呼びたい。私の事も、七帆(ななほ)と呼んでくれるかな?」

目を向けると、彼女は微笑んで答える。

「七帆、私の事は一栄(かずえ)でいいよ。」

藤九郎とは違う優しい声が、私の心に響いた…………




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