短編集

そんな様子を見て、藤九郎は私の両脇に手を入れ、軽々と持ち上げて立ち上がらせる。
真っ直ぐ見つめ、顔を近づけて額に軽いキス。

「好きだよ、七帆。出会った日から、ずっと。誰にも渡さない。幼き日から執事として仕えるなら、君の為に命を懸けようと父から学んできたんだ。君が気に入らないなら……ふっ。恋人になってあげても良いよ?」

とんだ上から目線。
だけど、それは執事を目指す前の、幼い頃のあなたと同じ。

私の心を奪った、初恋の思い出と変わってはいない。
優しい言葉も、意地悪な言葉も……

あなたの甘い声は変わらず、私への想いを告げる。

「好きよ、藤九郎……だけど執事は要らないわ。あなたは、私の為に命を懸けると誓った。それなら由緒も歴史も捨てて、私を恋人にしてくれるよね?」

「あぁ。恋も実らない主従関係など、最初から望んでいない。利用できる状況を使っただけ。不安にさせたよね、俺の愛情を疑っただろ?」

ん?段々、不機嫌になってるような。
口元は笑っているようだけど、眼が怖い。

嫌な汗が出てきた。
視線を逸らし、小さな声で答える。

「疑ってなんかないよ?」

「そ?なら、恋人らしくキスで仲直りしようか。」

首からあごに指が滑って、その流れに導かれる様に顔が上を向く。
唇は受け入れ態勢。

優しい視線を受け、重なる口づけ。
目を閉じて、感情の変化に伴う満足感を味わう。

「君を誰にも渡さない。俺のものだ。」

優しい声が耳に残って、夢心地。
悩んでいた事が全て消えたわけじゃない。

それでも、私の想いは未来に続く。
藤九郎の甘い言葉を信じて、優しい声に心許して…………




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