短編集

ヨナキウグイス


「ごめんなさい、越水くん。あなたの気持ちには応えられない。私は藤九郎が好きなの。」

教室に藤九郎と戻り、私たちの雰囲気に周りは敏感だった。
それは大騒ぎになったから、きっと越水くんも察しただろう。

それでも、私は返事をしなければならない。
正直に。卑怯な自分が、利用しようとしたことも。
好きになってくれた純粋な想いを踏みにじる様な女だと。
でなければ。

「風間との出逢いは俺より先だったかもしれない。けれど、あいつが来る前に想いを告げていれば君は。」

もしもの話は未来を見えなくする。
誰かが自分を想っている事さえ気づかず、もう取り戻せない過去に縛られる事など。

「越水くん。あなたは私の全てを知らない。私は卑怯で、自分の為にあなたを利用することも考えた。藤九郎が現れなくても、あなたの想いは受け入れなかったと思う。」

残酷な返事。
言葉を失った彼の心の内は分からない。

「ごめんなさい。」

好意を抱いてくれて嬉しいのは確か。
真っ直ぐに謝る私から、彼は視線を逸らした。
越水くんの横を通り過ぎ、背を向けたまま告げる。

「ありがとう。」

もしも成長した藤九郎が、私の前に現れなかったら?
そうね、確かに最初は断ると思うけれど。
越水くんの告白に心は揺れて、いつしか恋になったかもしれない。
だけどそんな未来は存在しないから、言わないわ。



校舎に近づくと、心配していたのか疑っていたのか、藤九郎が待っていた。
少し不機嫌。そんな嫉妬するような良い雰囲気など、少しも無いのに。

「あいつはあきらめてくれるかな?」

「私に失望したかもしれない。藤九郎、あなたは私に……それはないか。」

恋心から過剰な夢を私にみるような関係じゃない。

「何、俺が七帆に失望しない自信があるの?」

ないとは言わないけれど、それは。

「子供のころから、私をさらけ出してきたのに。今更、私は取り繕う事もしない。こんな私に失望するなら、もうとっくにここには居ないでしょ。」

藤九郎は優しく微笑んで、私を抱き寄せた。
八つ当たりして取り乱して、どんなに冷たく接しても、それでも好きだと言う物好き。

「趣味が悪いわね。」

「そうでもないよ。ねぇ、七帆。卑怯な君が俺に課した嘘。代価をもらってないんだけど、約束は守ってくれるよね?」

まだ有効なのかな、その約束は。

「嫌よ。思い出したけど、あなた腹黒よね。裏で何か企んでるでしょ。その嘘も利用したんじゃないの?」

幼き日の、嫌な思い出がよみがえる。

「ん?ふふっ……約束は、やぶる為にあるんだっけ?」

悪用を否定もせず、私の言葉を引用してきた。


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