短編集

『執事は時に、主人の為には手段を択ばない。』

幼き日、屋敷で働く大人たちが言っていたのを思い出す。
私は主じゃない。

だけど、そんな教育を受けてきた藤九郎が怖いのは。
抱きしめられ、上から注がれていた視線が鋭くなっていくから。

「あの、ここ、学校だから。」

「そ?なら、家ならいいよね。言質は取ったから、覚悟して。」

家?
それこそ、私の両親がいるんだから行動は慎むべきでしょ?

藤九郎の言っていることが理解できず、約束を守ると言った覚えもないのに。
何かが私を待ち受けている。

嫌な予感。

「それ、覚悟しといた方が良いんじゃないの?」


お昼休み。
越水くんに対する返事を一栄に告げて、藤九郎の事を相談した結果。

やっぱり?みたいな答えが返ってくる。
越水くんは落ち込んでいたけど、優しい一栄が傍に居るのだから任せておこう。

それよりも。覚悟って何?
普通は恋人になったら、初々しい何かが漂うモノじゃないの?
いきなり覚悟を決めなきゃいけないような事って。

「私、何を間違えたのかな?」

不安に襲われ、恋心も見失いそうだ。
藤九郎の事、本当に好きなのかな。
ただ単に、幼なじみが年頃の良い男に成長していて舞い上がった小説や漫画のように暢気にかまえていたのかもしれない。

「間違えたというより、最初から罠だったんじゃないの?」

思わず納得して、一栄に目を向ける。

「ちょっと、冗談よ!あなた、そんなに彼の事を信用してないの?」

信用していないと言うより、幼い頃の俺様具合が凶悪に成長した結果だと思うから。
執事としての教育を受け、それらしい対応を見せていたけれど。
垣間見せる表情や言葉は、甘い中にも強引で。

不味い。
罠にはまったかもしれない。

家族もグルなら。
いや、まさか。おじ様まで共謀していたのだとすると。大人が怖い。
藤九郎が恐ろしい。

「七帆は考えすぎなんじゃないの?もし予想通りだとしても、なるようにしかならないわ。ふふふ……覚悟を決めなさい。」

私が帰るのは自分の家。
籠の中の鳥。

覚悟って何に?
約束は、藤九郎の願いを1つだけ叶える事。



下校中。

家までの距離が、いつもより遠く感じる。
少しの無言と、どうでもいいような会話の繰り返し。

おかしいな。初々しい何かも近寄らない結界でもあるんだろうか。
視線をさ迷わせ、藤九郎から話題を振られても言葉を濁すような返事で心ここに有らず。

「七帆、言っておくけど。君が今更、何を否定しても俺は逃がしてやるつもりはない。容赦もしない。」



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