短編集

パレット上で


朝の駅…回復したのは3日後。
3日ぶりの彼女の姿。

視線が合ったのに、素っ気なく逸らして歩き出す。
俺の手には、使わなかった彼女のシックな傘。

「睦!」

叫んで近づき、動きを止めた俺の手を振り払おうとする。
負けない…今日は、何かを得るんだ。

無いモノ…この不確かなモノではなく、確かに存在するモノを!

「放せ!このっ…」

空いた方の手を振り上げた。
俺は、その手を捕らえる自信が…

【ドッ】
【…グフゥッ!?】

腹に、膝が…
少し涙目になる俺に、優位な視線。
視線は下からの筈なのに、上から見下ろされているように感じる。

今までにない…
【ゾクゾクゾク!!】

「…はぁ…もっと!」

「…??こ…のっ、変態が!」

「普通、男でもしねぇぞ?殴る振りして、蹴りなんて…」

「ボケが!女だからって、平手が定石だと思うなよ?」

「じょうせき??」

「…黙って、うなずいてろ!辞書でも調べるんだな!あ、乗り遅れる…どうしてくれるんだ!」

「間に合うよ、ほら。」

肩に担ぎ、人波をかき分け閉まるドアにも余裕で通る。

ゆっくり、滑るように…
俺の身体から下りる彼女の温もりと匂い

【どく…ん】
脈打つ血の流れを、これほど意識したことがあるだろうか…

「何を見てるんだ!きさまの所為だからな。礼なんて言わないぞ。」

「あぁ、俺が言う。傘、ありがとうな。」

「…晴れている日に、頭がおかしいのか?全く…使わないなら…」

消えそうな声に、時間が止まる。

俺のために、貸してくれたんだ…
彼女の、見えない何かに触れ…顔が緩む。

「ゆるい奴だ……」

…?

無駄のない動きで、自然に移動する。
何かを避けるように…俺の影に、隠れる…いや、利用している。

多分、誰かが見ているんだ。
視線…振り返り、オヤジと目があった。

ニッコリ…笑顔を作る。
その俺の笑顔に、当然何か反応する事も出来ず、視線を逸らした。

撃退した俺は、優越感で視線を戻す。
…え?

「見てんじゃねぇ。見てんじゃねぇ。見んなっつってんだろが!」

小さく、何度も呟きながら一点を睨み続けている。
視線を辿ると、別のオヤジとガン見対決…
矛盾、してませんかぁ??

数分、そうしているうちに…相手がヤバイ部類の変態だと気付いたようだ。
今度は、そのオヤジから隠れるように俺の前に移動する。

……可愛い…

【キュン…】
【ドスッ】

今までにない程、恋心に近い音を認識した直後…
腹に、今度は小さなグーパンチ。

「…何?」

痛みを我慢して尋ねる。

「…なんとなくだ!」


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