短編集
目に入ったのは、日本人形のような長い黒髪。
その女の子の進行方向を塞ぐ男二人。
身を縮こませ、怯えているように見えたので放っておけない。
「おい、お前ら。俺の彼女に何か用事でも?」
俺に視線を向けた奴らに怯むことなく、睨み返す。
一人が俺の胸座に手を伸ばした。
服を掴んで引き寄せ、見下ろす視線と怒鳴り声。
仕方ないか。
俺は服を掴んでいた奴の手首を掴み、力を入れる。
「……ちっ。」
奴は俺の手を払いのけ、背を向けた。
「おい、こんな弱そうな奴に逃げるのか?」
「うるせぇ、行くぞ。」
相手は二人……ちょっと、ヤバかった気がする。
息を吐き、彼女の方に視線を移して思考停止。
そこには、母さんの若い頃の写真と同じ顔の女の子。
お嬢様学校の制服。
長い髪を揺らして首を傾げ、俺の様子を見ている。
「この辺は気を付けないと、危ないぞ。迎えはどうした?早く来てもらえよ。」
俺は早口で、気遣うような言葉を言い捨てて逃げようとした。
すると、信じられないような光景が俺の目に入る。
お嬢様な彼女からは想像できないような態度。
手提げカバンを片手で背に回し、目は鋭くて威圧的。
「残念、彼らには痛い目を見てもらうつもりだったのよ?」
……何だか、トゲトゲしい頃があったという母さんを見ているような気分。
今は父の思い出だけで、そんな素振りなど1ミリも見せない母さんの姿。
ヤバい。
外見だけじゃなく、中身も似ているなら俺は堕ちるかもしれない。
お嬢様学校なら、もう二度と係わることも無いだろう。
「そうか、俺は邪魔したんだな。大丈夫かもしれないが、無茶するなよ。」
彼女の視線と目を合わせないように、誤魔化して背を向けた。
うっかり心を奪われたら、父さんみたいに待ち伏せしたりしそうだ。
あの長い黒髪……指を通してみたい。
見た目通り艶やかな手触りだろうか。
母さん以外の女性に興味を持ったけど、初恋にするには不純な気がする。
母さんに似ている外見と聴いた昔の素振りに、彼女を重ねているだけのような気がして。
視線を真っ直ぐにして足取りを速め、数分後。
気のせいか視線を感じた。しかも後をつけられているような気がする。
足を止めて後ろを振り返ると、少し離れた位置には俺を見つめながら歩いている彼女。
目が合ってから企んだような笑みを見せ、距離を縮めた。
思わず視線を逸らす。
混乱中に、平静を装うことが出来るだろうか。