短編集20作品
「どうして……あぁ、方向が同じだけか。自意識過剰だな、俺は。」
相手に聞こえるかどうかの独り言。
そう、会話などせずに去るんだ。
「行先が同じなら、一緒に行けばいいと思わない?」
手には冷たくて柔らかい感触。
それと同時で聞こえた言葉。
行先が同じ。
今日の来客って、君なのか?
見下ろす俺の手を握り、首を傾げる。
素振りは可愛いのに、見つめる視線は鋭さを伴っていた。
刺々しいのに、どうしてだろうか……放っておけない。
「手を離してくれ。君は迷子じゃないだろ。」
言葉は裏腹。
冷たく接していないと、自分を保てないような気がした。
駄目だ、深入りすると抜けられなくなる。
「もう、あなたは私を助けはしない?」
意味深に聞こえた。
俺の手から彼女の手がスルリと離れ、心には痛みと寂しさ。
言葉を探しても見つからず、何かを発しようとする俺に、彼女は背伸びして急接近。
視界には目を閉じた彼女。
感触は唇の重なった温もりと柔らかさ。
瞬きも忘れ、状況を把握しようにも自分の内に生じたのは黒い感情。
唇が離れ、彼女の目が細く開いて俺を見つめた。
沸き起こるのは衝動。
自分に目覚めた欲望が急かす様で、制御できない。
不味いな、この感情は抑えなければいけない物だ。
「……ただの悪戯よ、忘れて。」
今まで見せていた彼女の企んだような笑みや鋭い視線に、この行為をどこかで納得しながらも腑に落ちない。
ただの悪戯でキスをするだろうか。
それなりの理由がないと……
観察する俺の視線から彼女は目を逸らし、気まずそうな素振りを見せる。
この仕草に装いや偽りも感じ取れないけれど、たとえ何かを企んでいるにしても、正面から向き合うべきだな。
「はあ。この事を忘れはしないし、お前が困っていたら助けてやるよ。」
ため息を吐いて、あきらめたような俺に、彼女は満足そうな笑顔を見せた。