短編集
鋭さも企みもなく、気を許されたようで心は惹かれていく。
「名前を教えてくれないか?」
一緒に行動するには呼ぶとき不便だし、来客なら知っておくべきだよな。
彼女は俺の様子を観察しながら答える。
「勝田 桃奈(かつだ ももな)。」
勝田って……母さんの旧名だよな。
似ているのは当然なのか。
「……母さんの実家の人?」
「そうよ。……あなたは、お母様に私が似ているから優しくするの?」
桃奈の全てを見透かすような眼を逸らすことなく、俺は淡々と答えた。
「大抵の情報はあるみたいだから自己紹介は最低限で。俺は元木 万(もとき よろず)だ。」
彼女の質問に答えず、肯定と受け取ってもらったほうが都合もいいかもしれないと自己完結。
そんな曖昧さを彼女が、どう捉えるのか。
俺も彼女の様子を観察する。
「万。あなたの愛情を量るには、どうすればいい?」
真っ直ぐな視線と、甘い感情の含まれた声に心は揺らぐ。
「……俺自身が量りかねているのに、君はキスも……。」
容易にしたわけではないだろう行為に、無神経な言葉が出そうになって口を一度閉ざす。
「桃奈の俺に向ける感情も理解できない。」
どこかで出逢っているなら覚えていないはずはない。
そう。母に似た外見、聞き及んでいた母の若かりし頃と同様の素行に、桃奈を重ねて惹かれているのだとすれば。
俺自身の不純さを誤魔化したいのか、彼女の感情まで歪めてしまう。
「君は、俺のどこを見る?」
「顔よ。」
即答に唖然。
目は真剣なままで、俺の動向を見つめて逸らすことは無い。
思わず苦笑してしまう。
「ふ。顔って……」
そんな俺の様子に、桃奈は目を細めて、安堵したような穏やかな笑顔を見せた。
「あなた男前で、格好いいわ。」
確実に心に響く言葉。
母からは受けることのない感情に触発され、新たに生じる感覚に戸惑い……揺れ動く内奥。