短編集

彼女は起き上がり、俺の頬にそっと指を滑らせる。
離れ落ちそうになる彼女の手を握り締めた。

「放して…」

突き刺さったものなどないのに、たった一言が痛みを与える。
苦しみ…味わったことのないもの…

それでも、胸にあるのは熱情…
彼女の手を解放する時間が、スローモーションの様に感じる。

求めて止まない何か…

彼女の目を見ると、泣きそうな気がして視線を落とす。
夕暮れが、一瞬に闇を呼んだのかと思うように影がかかる。

【ふわり】

良い匂いと柔らかい何かに、身体が包まれる。
俺を包んだのは、彼女…優しい抱擁…

軽い身が自分に寄り掛かる。

息も止まりそうな時間…
信じられない状況…嬉しさと幸せと…渦巻く感情

「…私を嫌わない?私が欲しかったのは、確実なあなたの気持ち。あなたは自由で、私だけじゃなく…誰も気に留めない。」

何を言っているのか理解できない。
それでも、必死で耳を傾ける。

「嫌わない。俺の気持ちを知って…君が好き。今なら分かる…初恋…」

多分…これが恋心…初恋。
認識に、熱い想いが急かすムズムズ。

「本当?私…怖かったの。ただ、あなたの目に留まり…私を知って欲しかった。好き…自由なあなたが、手に入るなんて思えなかったから…」

「あんな大胆なのに?」

「ふふ、大胆?くすす…こんな木の上では、駄目かしら?」

俺の足に、白い太もも…柔らかい両足が熱を伝える。
彼女の視線は、潤んだ瞳で俺の行動を制御できない。

「はぁっ。息が苦しい…ネクタイ…締め付けるわけじゃない。なのに…解きたい。…我慢が出来ない…ね、巳羽…このネクタイを握って?俺を飼って…俺は、野良犬かもしれない。君だけが…俺を…」

君はネクタイを引き寄せ、俺にキスをする。

「ね…野良犬も、一人を選んだら忠実だよ?」

「そう…俺は、君だけに目を留める。だから君は、責任を取ってね?俺を飼うんだから…」

「私は、野良犬みたいなあなたに惹かれたの。」

「くくっ…野良犬は、危険だよ?」

「調教してあげる…」

それは、甘いご褒美と共に…




end
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