短編集
~二つ~
お昼。
湖未ちゃんに送り出され、図書室へと向かう。
自分のお弁当と飲み物…
そして、彼の好きな『おしるこ』。
周りに何と言われようと、暑い夏だろうが…毎日のように買っていた。
その毎日を見ていた…ストーカー…
うわぁあ~~ん!!やっぱり、怒っているんだ!!
気持ち悪いよね?ストーキング…気づかれているのも知らず…私は!?
そう言えば…図書室って、飲食OKなのかな??
ドアを開けた。
【トンッ】
「ひゃっ!?」
いきなり背中を押され、床に転ぶ。
「…痛い…」
「くすくすくすくす…」
男の人の笑い声…
ぐすんっ…直接の仕返しですかぁ?!
「寝ていると、襲っちゃうよ?」
襲う?
ノソノソと床に座り直し…後ろを見る。
「くくっ…誘ってんの?」
上目に見ている私を見下ろし、ドアにもたれた希渉くん。
雰囲気が、怖い…怒っているんだよね?
「ごめんなさい。どうしたら、許してくれますか?」
怖くて、動けずに…首の痛い姿勢のまま返事を待つ。
「ふふ。ノゾミから聞いたろ?オレの愛情を受ければいい…」
ノゾミ?
思考の止まった私に彼は微笑む。
「あいつの愛情が欲しいんだろ?」
「希渉くん…何を言っているの?」
声の震えているのが、自分でも分かる。
「オレ“達”は希渉じゃない。…オレはワタル…お前が好きじゃない“オレ”。」
……『俺じゃないオレ』
頭に浮かんだ言葉。
首を元の位置に戻し、視線を逸らす。
「茶紗…俺、二重人格なんだ。君だけは、理解してくれるよね?ずっと、俺を見てくれていたから。」
いつも聞いていた声のトーン…
「俺たちを受け入れて…」
理解できないけど、止まったままではいられない。
床に手をつき、立ち上がる。
くるりと回転して、彼と視線を合わせた。
優しい笑顔…
「ふっ。俺を見ていた眼だ…まだ、その目で見てくれる?」
「…ノゾミ君?私…付き合えない。」
私の答えに、彼の表情が固まった。
少しの沈黙。
次の言葉を出そうと、口を開いた私を抱き寄せる。
「許さないって言ったよね?許さないから…」
怖いと感じた。
でも…震えが、自分のものでないことに気づく。
彼から伝わる震え。
何かに動かされ、彼の背中に腕を回す。
【ビクッ】
彼の体が、緊張を示す。
「希渉くん…私の好きな気持ちは変わらない。でも…」
私の言葉につられ、抱き寄せる力が強くなる。
苦しい…力じゃない…伝わる気持ちが、理解できなくて…もどかしい。
「…好きじゃない奴から、キスされたら…どんな気持ちになる?教えてよ…そうしたら、俺もキスしてやる。」
強引に引き離され、唇に強い衝撃…
一瞬の、突然のことに奪われるようなキスを受け入れる。
息があがり、頬が熱い…
思考もグルグル…力が入らず、床に座り込む。
私の腕を、彼の手は放さない…
腕のだるさに、視線を向ける。
「どんな気持ち?教えて…君が好きなのは俺だよね?俺以外の奴のキスは…」
理解できない感情が、涙をあふれさせる。
腕を離された揺れで、こぼれた涙…
影が落ち、私の頬を伝う涙を、ぬぐう優しい手。
熱い視線なのに、目を細めた優しい表情。
顔が近づき、唇にそっと触れるようなキス。
目を閉じた彼…
私も目を閉じる。
違う…異なるキス…
『俺じゃないオレ』…
まだ、混乱に区別なんて出来ないけど…あなたへの愛情は変わらない。
二つの異なる人格の与えるキスが違うように、愛情も異なるのだろう…
私が好きなのは……
end