短編集

「圭、ありがとうな。」

「何、急に、お礼なんて。怖いの?慰めて欲しいの?俺、興奮しちゃうよ?」

照れたのか、圭は俺の背中をバシバシ叩く。

「お礼、言い忘れって、最悪だよな。夕方、生徒指導の先生が俺を探していたら、鮫島先生との事、見られていたかもしれない。」

廊下は、暗くて圭の表情は見えない。

「別に?“最初”、助けてくれたのは雅之だったよね。俺こそ、今更だ。ありがとう。“あの時”は、お礼を言えるような状態じゃなかったんだ。ごめん。」

俺には、それに思い当たる過去が記憶に無かった。
いつの事なのか、尋ねようと口を開いたと同時だった。

「うわあー!」

遠くで、生徒指導の先生の叫び声。
それと重なるように、小さな音が背後から聴こえた。

コトッ……

「圭、先生の所に行ってくれ。さっき、そこから音が!」

俺の指示より先に、圭は先生の方へ走り出していた。
圭は振り返り叫ぶ。

「そっちは任せる!何もなければ、すぐに来てよね?」

「ああ!」

返事をしてから方向を変え、小さな物音の聴こえた教室のドアを開ける。
月明かりに慣れ、人影が見えた。

「止まれ、動くな!」

同じぐらいの背格好に、走り寄って飛びついた。

「……ぁ」

声と同時に伝わったのは、柔らかい手の平に収まる何か。
何だ、コレ?感触を確かめようと、何度か握ってみる。

「やっ!」

女の子の声!?
犯人は、男だと思っていた。

予想外の出来事に体が固まり、捕らえていた犯人を解放してしまう。
茫然とした俺を突き飛ばし、そのまま教室を出た後は、行方が分からなくなった。

力が抜け、床に座り込んで頭を抱える。
ため息を深く吐き出した。

柔らかい感触の残る手のひら。
暗闇で、はっきり見える訳じゃない。

しかし、自分のしたことが何なのか考え、震えているのは分かる。

「嘘だろ?」

小さく呟き、頭を撫でまわし、髪をグシャグシャにする。
俺、誰かの胸を触った。何度か揉みました。

わざとじゃ、ありません!ごめんなさい。
と、言うより、夜の教室を、女の子がウロウロしているのが悪い。
俺は、悪くない。悪くないんだ。

「何か、あったね。コレ。」

「ああ、小動物に驚いた俺を放置で、何かをやらかしたな。コレは。」


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