短編集

高等学校からの優遇と、周りの羨望の視線。
帰国した俺の初登校に、同じ小学校だった千由紀(ちゆき)が近づいてきた。

「ずっと、好きだったの。転校してくるのが今日だと聞いて…嬉しい…」

涙ながらに告げる彼女は、小学生の時より大人びていて心惹かれた。
幼き日から変わらぬ自分への想いに、有頂天になった。

再会した夏澄に罪悪感もなく、埋もれた恋心も機能せず…。
彼女になった千由紀を周りが羨み、優越感に浸る。

時間の経過と共に、千由紀への想いは募っていく。
誰だって、好意を受ければ応えたくなる。

良いな。好きだ。大好き。
恥ずかしいけど、愛していると思えるほど積もった感情。
それに嘘はない。

…心の奥深くに……

眠っていた獅子が目を覚まし、空腹に急かされて目の前の獲物に喰いつくような激情。
目の当たりにした夏澄の涙と、俺への気持ちを埋め合わせる存在。

幼き日の純粋な想いが記憶に鮮明に蘇り、呆気なく喪失した現実を思い知る。
夏澄の想いが、ごく最近まで俺に注がれていた事。
それを知らず、俺は無下に接して…奪われた。

同じ小学校のサッカーチームにいた悠誠 (ゆうせい)。
確か、その時も夏澄が好きだったのを覚えている。
何故、忘れていたのか…

埋もれ、眠った恋心は目覚めてしまった。
戸惑う感情は、更にかき乱れる。

俺の迷いに、千由紀は敏感だった。
そして、告げる…あの告白の時と同様、涙を零しながら。
「…知っていたの。」と。

不安定に崩れていく、脆い恋心。
愛しさが憎しみに変わり、自分の稚拙さも認めず…悪感情に染まる。

有頂天になった自分の愚かさ。
自分の夢が大事で、幼き日の純粋な恋心は薄れて霞む。
年相応の色恋に触発され、周りの羨む彼女から受ける愛情で満足した。
自分の奥深くに眠る純粋な恋心は鈍感にも程がある。


…砂の城……



End
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