短編集
side:夏澄(かすみ)


小学生の恋心は単純で、スポーツや何かに長けた、輝く同級生に惹かれて落ちる。
そんな純粋さは、欠けることなく…忘れることも出来ずに自分の中に根ざす。

相手の感情も読み取れないほど鈍感で、会いたいと願い、自分の気持ちに真っ直ぐ。
稚拙な行動は純粋。そして鈍感。

突き放されるような一言を残し、海外に行った彼…
根ざした想いは揺らぐことなく、周りの誰にも反応しない。
いない人への期待は膨らみ、帰国すると聞いて再熱する恋心。

「…夏澄、ごめんね。私、あなたが彼の事を、ずっと好きだったのを知っていたのに…純に告白したの。…OKをもらったわ。」

純が選んだのは千由紀。
私への態度は、その他大勢に対するものと同じ。
恋心は、何て鈍感なんだろう。

心は傷つき、痛みを覚えるのに学習しない。
失恋した実感もあやふやに…根ざした期待が巣食ったまま。

「もう忘れたらいい。夏澄が純を好きだったように、俺も同じ気持ちを保ったままだ。何も変わらない。…俺じゃ駄目なのかな?」

耳に入る言葉は、失った恋心を埋める様に沁み込んでいく。
最初は、忘れるようにと告げる言葉に、憎しみが宿ったこともあった。
頑なに稚拙な初恋を保って、傷つく心を蔑ろにする日々。
心身は悲鳴を上げる。

…脆くも崩れる砂の城……
悠誠は後ろから優しく抱きしめ、遠慮気味な言葉。

「俺は見ないから泣いていいよ。…あいつを好きな事を否定しない。ずっと、そばにいるから。」

抱きしめる腕に、手を添え…声を殺して泣いた。
零れ落ちる涙と共に、流れていく気持ち。

不器用に、戸惑いながら…降り積もっていく想い。
新たに芽吹いた恋心は徐々に成長を速めていく。

私に笑顔を向け、ずっと変わらない優しさ。
愛されることに鈍感で、一方通行の恋に満足していた私が、彼の甘やかしに麻痺していく。

受ける愛情に、純粋に反応して変化する。
頬に触れ、愛しさを伝える視線…もっと触れて欲しいと願うような貪欲さ。

まさか初恋を忘れるようにと告げた悠誠に抱いた憎しみが…
聞き入れなかった鈍感な私に注ぐ愛情で、愛しさに変化するなんて。

恋心は、なんて単純で複雑なのだろう。

「悠誠、ありがとう。大好きよ…」

憎しみと愛しさは表裏一体…
愛憎の砂城……




end
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