短編集

そう言ってから、深元さんは眉間にシワで少し考えるような表情。
私は次の言葉を待った。

「あなたは計算しない方がいいわね。そうじゃなきゃ、何かあった時に私はあなたを助けてあげられない。」

頭の良い人は、私の理解できない何かを予知できるのだろうか。
その言葉を実感する日が来るとは、少しも思ってもいなかったから。

「そうですね、考えてもしょうがないので。」

安易に答えた私に、深元さんは笑顔を向けた。

「ここは情報が命。その為には交流は必要。かと言って、油断してると突き落されてしまう。用心深くありなさい。」

そう言って私の頭を優しく撫でる。
お姉さんのような人。

「おい、トロ豚!さぼってんじゃねぇ~ぞ。」

この声は。
毒舌な呼びかけに、振り返って会釈。

「木之下さん、お疲れ様です。」

礼儀正しくしたつもりなのに。

「返事をするな、ぼけ!」

理不尽。
木之下さんは当社の現場管理責任者の1人。
ご覧のとおり、ツン俺です。

「厳しいわね、木之下さん。新人イジメは駄目よ。」

やり取りを見ていた深元さんは、笑いながらも私の味方で少しだけ強い口調。

「違うっすよ、コイツの態度を見ましたよね?」

木之下さんが何を弁解してるのか分からず、質問してみる。

「木之下さん、返事をしちゃ駄目でしたか?」

「うるせえぇ、黙れ。安易に返事をする奴には、教えてやらん!」

何とも厳しいお言葉。
木之下さんは、深元さんとは違う意味で難しい事を言いますね。
面倒臭くなってきた。

「さ、事務所に戻りますよ。……深元さん、ありがとうございました。今度、またゆっくりお話ししたいです。」

「そうね。じゃ、また。」

深元さんは軽い会釈をして、颯爽と去って行く。

「お前、迷惑かけるなよ。危なっかしいんだから。」

危なっかしい?迷惑をかけるな?

「ライバル社の方に甘えちゃ、ダメですか?」

ショボンとした私に、深いため息の木之下さん。

「はぁ~~。ホント、気を付けろよ。ここは職人の男ばっかりだからな。」

職人さんには怖い人も多いのだと、前に木之下さんから脅すような忠告を受けたことがある。
最近、手を振ってくれる人がいたから気が抜けていたのかもしれない。

俺様ツンツンで、デレが極端に少ない木之下さんにはラブラブな奥さんがいる。
結構、好きなタイプなのだけど恋愛対象外ですね。
残念。

職人さんの中には、ヤの付く職業だった方もおられるのだとか。
当社にも、そんな過去を持つオジサマが武勇伝を語ってくれた。
『組長の為に、俺は牢屋に入っていたことがあるんだ』と。

そんなオジサマに木之下さんは。
『今後は禁止っす。工程に必要なんすからね』と。


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