短編集

どんな職人さんにも、管理者としての責任を負う姿を見せる木之下さん。
そんな彼が他社から捨てられたのだと知った日、私は信じられなかった。

特殊な職人の世界。
私の理解など通用しない。

もうすぐ進水式を控えた船を見上げ、自分の大きさを思い知り。
こんな物を人が造ってしまうのだと思えば、職人さんたちを尊敬して、私に出来る限りをしたいと願う。

人の出払った事務所は閑散としていて、現場の作業の準備に少しでも役に立ちたいと走り回る。
最初の頃から比べれば、空回りも減ってきただろう。
それでも不甲斐ない自分に苛立ち、悔しさに情けなさ。

「三浦っち、何してるの?」

ライトに使う電池の整頓をしている私の背後に、気配なしで明るい声。

「ひゃっ。……ちょ、ビックリした。驚くから気配を下さい!」

軽いパニックで、意味不明な事を口走った自分。
ニッコリ笑顔で、冨喜(トキ)くんは私に首を傾げた。

何をしているのかって、見れば分かるよね。
と、言うより。

「トキくん、何してるの?まだ休憩時間じゃないよね。」

年下の彼には強い口調で言える。
睨んでいるはずなのに、彼は満面の笑顔で。

「え?何ってサボリだよ。」

平然と、何を言っているのかな?

「所長に言って、給料減らしてもらうからね。」

私の言葉に、鋭い視線を向けて沈黙。
あ、調子にのってしまったかな。不味い。

心音が早く鳴るのが自分で分かる。
間が持たなくて何かを言おうとしたけれど、怖くて口を閉ざしてしまう。

「俺さ、給料なんていらないんだよね。」

「何で?」

強い視線は保ったままだから怖いはずなのに、即時に叫んでしまった。

「オヤジを知ってる奴、探してるんだ。」

表情は暗くて声も低く、感情が揺さぶられる。
鋭さの消えた遠い眼。

あ、マズイ。これ、ダメなやつだ。
視線を受け、顔の距離が近づいてくるなんて。
目を逸らせないどころか、拒絶も出来ないような空気。
話題を出そうにも、どう続けていいのか分からない。

「……冨喜ぃ~~、やっぱりココにいやがったな!サボってんじゃ……ねぇ。オイ、何してんだ。」

私に近づいた距離はそのまま、視線だけを入り口に向けたトキくん。
入って来たのは現場責任者の木之下さん。
にらみ合ったのは数秒。

トキくんは私に視線を向けて、表情は変えずに小さな声で。

「嘘じゃないよ。ごめんね。」

私の肩に額をそっとのせて、すぐに離れた。
顔が一気に赤くなる。
すぐに手で顔を覆って、誤魔化そうとするけど、そんな必要もないトキくんの後ろ姿。

「木之下さんこそ、サボリっすか?」

「うっせ、黙れ。現場に戻って作業をしろ。今後、こんな事は認めねぇ。」


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