短編集
理解が追い付かず、木之下さんの言葉が頭を巡る。
「三浦、しっかり聞けよ。」
強い口調に、意識を集中するように力強く頷いて。
思わず涙目になるのを我慢。
「あの後、あいつから報告を受けたんだ。所長にも、すぐに連絡して……すまない、後回しになったのは。」
「いえ。それよりスパイって、どういうことですか。」
木之下さんの気遣いが見え、嬉しさよりトキくんの事が心配になった。
私の動揺からの切り替えに、安心したのか木之下さんは少しの意地悪な笑顔。
「お前は本当にスゴイ女っすね、あいつが惚れただけあるっすよ。……実は、冨喜を紹介した会社に、Sペイントが根回ししてた。うちが増員するタイミングを知って、冨喜を入れたんだ。あいつのオヤジさ、Sペイントにいる職人が居場所を知ってたんだ。情報と交換で、仕方なかったみたいだ。」
トキくん……
「大した情報は漏らしてないってさ。惚れた女に嫌われたくないからって、あいつ……オヤジの情報も聞かずに消えたんだ。」
複雑な感情が入り交じり、何を言って良いのか分からず。
我慢も切り替えも、どこかへ消えて。
涙が込み上げ視界は霞んで、止め処なく零れ落ち続ける。
何度も目元を拭い、必死で繕おうとするけれどうまくいかない。
「三浦さん、ありがとうね。君の職人さんたちに対する態度が、この会社を救ってくれているよ。」
優しい所長の声に、思わず声が漏れてしまう。
悔しい。何も出来なかった。
トキくんに、私は何もしてあげていない。
むしろ、お父さんの情報を得られるチャンスを奪ってしまった。
職人さんたちの間では、情報なんて筒抜け。
会社には悪いけど内緒なんて無い。
卑怯なSペイント。周りのウワサは本当だった。
他の会社には情報を一切与えようとせず、その癖、情報を得るためには手段を択ばない。
そして……木之下さんを切り捨てた馬鹿な社長。
その人がトキくんさえ利用して。
「三浦、気をつけろよ。今回の事は俺たちしか知らない。Sペイントの目的がうちの情報だとすると、次に狙われるのはお前かもしれない。冨喜が心配してた。」
年下の男の子だと思って油断していたのに、いなくなってから私への気遣いを伝えるなんて。
私の気持ち、どうしてくれるの?惚れちゃうじゃない。
私は直接、好きなんて聞いてない。
なんのドラマなの、この展開。
「大丈夫ですよ、私なんか誰も気にしないでしょうから。」
つい、強がったのもあるけれど。
自分に探りが入るだなんて、本当に思ってもいなかった。
「用心深さは必要ですよ。」
所長からも釘を刺されていたのに、私は……