短編集
「そうだねぇ、君はキツネでもタヌキでもない騙される人間かな?ふふふ……この古狸も女狐に騙されるようでは、落ちたものだ。さて、忙しくなるねぇ。三浦さん、今から言う事をメモしてくれるかな?」
何だろうか、忙しくなるって。
用事でも思い出したのかな。
慌ててメモを机に取りに行き、ペンを準備。
「はい、書く用意できました。」
森脇さんはコーヒーを飲みきって、席を立ち口を開いた。
「この会話後、すぐに深元さんの所に行って、こう伝えてください。『人員を各社20名増員』と。」
え?それだけ?
「メモ出来たかな?」
「はい。」
「ついでに、先ほど私とした会話も含めて伝えた方が良いだろうねぇ。では今すぐ行きなさい。私もすぐに取り掛かるから。」
見送りはいらないと、その場を素早く去って行く後姿。
言われた通り、私は会釈して別の出入り口へ。
何が何だか状況が掴めないまま。
私は深元さんのいる事務所へ向かった。
ドアをノックすると、深元さんが奥から叫ぶ。
「三浦さ~ん?どうしたの~。まぁ、奥に入って~」
自分の事務所とは違った机の並び。
奥まった場所の事務スペース。
そこに深元さんと、深元さんの会社の所長さん。
「失礼します。あの、先ほど森脇さんが来られて、至急とのことなんですけど。その、私も状況が分かっていなくて。『人員を各社20名増強』と、伝えるように言われたんです。それで、この前に話してたタヌキとキツネの話もするようにって。……どう言う事ですか?」
きっと深元さんも所長さんも、私の理解してない伝言で困っているに違いない。
それなのに。
「所長、とりあえず現場監督者の招集。三浦さんの所の所長にも伝えましょう。澤田さんの所は、私が伝えますね。」
所長さんは誰かに電話を始めながら「おう、また連絡くれ。」と。
仕事できる人って、違うなぁ。
「行くわよ、道中で話を聞くわ。」
深元さんの顔が輝いて見える。
まるで、状況を把握しているかのように。
「さ、どんな話をしたのか教えて。」
「はい。最初、森脇さんから『俺の事をタヌキと言っているのか』と訊かれまして。」
その一言で、深元さんは急に足を止めた。
「え?」
驚いた私も足を止める。
「そう訊かれて、何でこうなるの?」
何で、こうなるのか?
私は首を傾げる。
それが理解できないから困っているんだけど。
「ん~……私はキツネじゃないって話と関係があるのか尋ねたら、そうなりました?」
まずは、その言葉がきっかけだよね。
「ふっ。ふふふ…」
何故、森脇さんと同じ笑い方するのかな?
頭の良い人は、何考えてるのか良く分からない。
「流石、三浦っち!」