短編集
花嫁の標本
距離を縮め、朱莉沙に近づく。
手を伸ばせば簡単に届く距離…それでも、遠く感じるのは心だろうか…
朱莉沙の頬に触れる。柔らかい…
俺の手に、朱莉沙はそっと手を重ねた。
目を閉じ…俺の体温を味わうようにすり寄せる。
「ずるいよ…」
口から思わず漏れた言葉…
それに対して、朱莉沙は目を開けクスクスと笑った。
視線の合っていない笑顔…
「ね、朱莉沙…俺に微笑んでよ。」
「え、ごめん…何?」
視線が合った時には、さっきの笑顔ではない。
観察しているのに…大切なモノを逃しているような気分になる。
「もう一度、さっきと同じように笑って。」
俺の我儘に、彼女は困った顔をした。
「違うってば、俺が欲しいのは…」
「うん?笑顔でしょ…無理ね、同じ笑顔なんて…」
ショックが隠せない
「何で?」
「…何で?うぅ~~ん。自分では、どんな風に笑ったのか記憶にないわ。いつか、同じ笑顔を見られるかもしれない。それよりも、良い笑顔をあなたに向けるかもしれない。…いつか…未来を共にするなら…」
「いつか…必ず、俺に見せて欲しい。」
「くすっ…あなたは、私に求めるの?」
彼女の手が俺から離れ、俺の手は彼女の頬から離れた。
自然に流れるように、彼女は俺の体に身を寄せる。
甘い香り…温かな体温…
「俺、何か…間違えた?」
「どうかしら…私にも分からないけど、この状況はダメ?」
朱莉沙を抱き寄せる。
細くも柔らかな身体…手に入った標本…
「俺も、朱莉沙に何かをしてあげられる?」
「ふふ。そうね、私に…笑顔を。笑って…」
「…なるほど。ふふっ…くすくすっ…笑顔は難しいね。」
俺が笑うのを下から見つめ…朱莉沙は微笑んだ。
さっきの笑顔と違う…
けど、愛しさを超えた感情を…それは、俺に与えたんだ……