短編集
目にして
苛立ちの癒えない数日。
何に腹を立てているのか、自己中心的な感情に当たりどころも無く大きなため息。
「林田君。今の時期は、お疲れなのね。」
感情を乱す原因。
その彼女の声に過敏に反応して振り返る。
自分の表情が険しいのは自覚があった。
それなのに。彼女は穏やかに微笑んで、俺に手を伸ばしてくる。
「眉間にしわ。」
背伸びして、それでも届かない手が間近にあって、俺は思わず息を呑む。
触れそうで触れない、近づいたのが分かる風を受けただけの距離。
「息抜きに、お茶でもしない?」
俺の反応を見ながら、首を傾げて誘う。
声は穏やかで、俺の感情なんて気にもしていないようだ。
心をかき乱され、平静ではいられないはずの俺は疎外感。
共に過ごす時間を願いながら、俺は視線を逸らして歩き始める。
「急いでいるから。」
聞こえたかどうか分からない程の声。
彼女に、どう接していいのか惑う。
足を一旦止めてみたものの、彼女の方を見ることなくまた歩を進める。
今更だよな。
前回の奴らから情報を得ようと見回りを強化したけれど、察知したのか遭遇もしない。
ここのところ授業を真面目に受けるようになった奴を呼び出すには、理由が曖昧すぎる。
だけど、授業を真面目に受ける代わりに、生徒会長が何かを差し出しているのだとすれば。
その何かが、刺激的な……何か。
一体、何だと言うんだ?想像もつかない。
サボっている方がおかしいのであって、授業を受けるのは当然の事なのに。
見回りを強化したのがいけないのか。
いや、これが俺の仕事なんだから、何にも遭遇しない方がいいのかもしれない。
「聞いたか?生徒会長のこと。」
聞こえた声に驚いて、周りを見渡す。
軽率だった。
目が合った奴と、その周辺の奴らが舌打ちして、その場を離れて行く。
俺は追いかけず、ただ足元を見つめて、ため息を吐いた。
冷静でいられない。
一体、いつまでこんなことを繰り返すのか。
顔を上げ、目を真っ直ぐに向けて歩を進める。
辿り着いた先は生徒会室。
ドアをノックして返事を待つけれど、中からの反応はなく、漂う静けさ。
ドアに手をかけると、カギは開いているのに不在。
嫌な予感。
方向を変え、校舎から出て見回りの重点エリアへ向かう。
もし、あの噂が本当なら校内ではない気がする。
刺激的な行為。
それが何なのかは分からないけれど、使われていない教室は教員室で鍵を借りないと入れない。
それらしい使用目的など、毎回考えるだろうか。
記載するとすれば証拠が残る。
そんな危険を冒してまで、彼女が刺激を求めるとは思いたくない。
「会長、また頼む……。」
走っていた足は止まり、呼吸が途切れて苦しい。
咳き込むのを必死で我慢するように手で口を押さえ、息を整える。
見つけた彼女は後姿で、乱れた髪を丁寧に直していた。
去って行く男子生徒は多分、あいつだ。
一色 敦(いっしき あつし)。
『また頼む』
二人は何をしていたんだ。これで何度目だ。
もしかして付き合っているのか。
遠目に見つめ、走ったからではない息苦しさが胸を苦しめる。
どんどん小さな痛みが広がって、感情が追い付かない。
刺激的な事だと、奴は触れ回っていた。
こんな人気のない場所で。
何があったのか分からないけれど、確かに存在する出来事。
俺がここで目にしたのは乱れた髪の久留主 萌音(くるす もね)。
隠された行為……