短編集

嗅いで


俺は彼女の先回りをして、生徒会室の前で待ち伏せた。
戻ってきた彼女は、いつもと変わらないように思える。

遠目に見えるだけでは判断できないかもしれない。
すると久留主は俺の姿を見つけ、首を傾げて笑みを見せた。

生じたのは苛立ち。何もなかったはずはない。
君は乱れた髪を直し、ため息を吐いた様な下向き加減だった。

あの時に声をかけていれば、言い逃れも出来ない追求を……。
そうしなかったのは。聞きたくなかった。真実を知るのが怖かったからだ。

丁寧な対応で、更に胸がざわつく。
俺に向けた視線は、他のヤツを見る時と同じ。
それが我慢できないなんて、どうかしているな。

近づいた彼女が口を開くと同時で、言葉を遮る様に言い放った。

「俺のところに、君に関する良くない噂が耳に入っている。その件で何か思い当たることはあるか?」

近い距離。
見下ろした俺に彼女は視線を向けたまま。

俺は徐々に彼女の表情が固まるのを見、自分の感情が冷めるような気がした。
喉が詰まるように言葉が出ない。

俺は彼女の観察を続け、彼女は俺を観察してから目を逸らす。

「……口外するとは、思いもしなかったわね。ふぅ。彼らが何を考えているのか、私には全く理解できない。」

俺から数歩下がって、小さな声とため息。
視線は逸らしたまま。

彼“ら”?一人じゃないのか、もしかして。
アイツだけでも問題なのに。複数と。

冷めたように感じた心は、一気に過熱していく。
あるのは身勝手な悔しさ。

「理解できないのは俺だ。例え君が生徒会長でも、俺は風紀委員として見逃すわけにいかない。それに君の立場からして、どう責任を取るつもりなんだ?」

言葉は口早に、声も大きくなっていく。
駄目だ、感情をコントロールしなければ。

そう思うのに。俺は彼女の手を引いて生徒会室に入る。
鍵は不用心に開いたまま。

中は……静けさの漂う小さな室内。
他の役員は、さっき見た時と同様に不在。

自分に生じる感情は複雑に入り交じっていく。
引いていた手を更に引き寄せて、彼女を無理やり室内に導き入れた。
そしてドアを乱暴に閉め、鍵を掛ける。

目が合うと、彼女が俺に向けた表情は恐怖。
何故、俺だけに。

酷い事をしているのは自分なのだけれど。
傷ついたような痛みと悲しみ。そして怒り。

彼女の腰に腕を回し、抱え上げて机に寝かせた。
上から彼女を押さえつけ、視線を合す。

「……あぁ、くすくすくす……じゃぁ、貴方も同じ体験をしてみる?」

一瞬、何が起こったのか分からない間があったのに。
状況を把握して、彼女が俺に返した反応は余裕と笑顔。

湧き上がる熱。
悔しさと言い表せない感情。

何故、笑う?
もう少し冷静で、頭がいいのだと思っていたのに。
裏切られたようで、苛立ちが増していく。

「そうか、そんなに節操がないなんて……」

自分が何を口にしているのかも理解する間もなく、怒りに任せて衝動的な行動。
押し倒した彼女に、俺は自分の欲望を注ぐ。

アイツ等と変わらない。
いや、きっとアイツ等より酷い事をしている。

自覚はあるのに。
掴んだ手に力が入り、彼女の表情は痛みに耐えるような苦しい表情を見せた。

それでも躊躇しないのは。

彼女に圧し掛かる様に体を重ねた。
柔らかさと温もりと、息遣い。
そして嗅いだのは、今の状況とは似あわない穏やかで甘い香り。

込み上げてくるこの感情……


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