短編集
触れて
身を少し浮かせて、見下ろした俺は思考が停止した。
真っ直ぐに俺を見つめる彼女の表情は冷たい。
身を起こしながら、目に入る光景。
彼女の髪が机に広がって、乱れていると言うより芸実的にも思える。
スカートの裾は膝より上で持ち上がり、いつもより多く見える白い肌。
慌てて目を逸らした。
冷や汗と共に心音が早くなる。
俺は何をしてしまったのか。
不味い。
「ごめん。」
机の上に寝ていた彼女は身を起こして、髪をかき上げた。
スカートの裾を直して、また俺に目を向ける。
「ふふ。節操がない……か。確かにそうね。」
痛い。
何だろう、この刺さるような視線は。
悪い事をした自覚はある。
だけど、彼女だって。
「ねぇ、何をそんなに怒っているの?」
何を怒っているのか。
それは。
「胸に、手を当てて考えろ。」
俺は探るような彼女の視線を逸らす。
自分の考えをまとめようと思っていたのに。
彼女は俺の胸元に手を伸ばして、触れながら首を傾げた。
「久留主……って、俺のじゃない!」
一体、何をふざけて。
彼女の手を掴んだ俺に、作ったような目元だけの笑みを見せて一瞬の間。
「あら、手が滑っちゃったわ。」
ワザとらしいようなセリフ。
「何でだよ。」
何を考えているのか予測もつかず、身構えてしまう。
それが掴んだ手から伝わったのか。
「ふふ。じゃ、こっちかしら。」
久留主は俺の手を引いて、自分の胸に押し当てた。
柔らかさを感じ、焦りが生じて思わず大声が出てしまう。
「やめろ、風紀を乱すな。」
彼女の動きが急に止まった。
顔を下に向け、表情が見えない。
俺は空いている方の手で自分の口を押え、思考がグルグルと混ざりだす。
手は胸に押し当てたまま。
「久留主、ごめん。俺も悪かったけど……お前も、その。いや、何というか。」
沈黙に耐えられず、彼女の表情を見みようと顔を近づけた。
小さな声。
「え、何?もう一度。」
顔を上げた久留主は俺のネクタイを掴んで、涙ぐんだ目で睨む。
心を射抜かれるような衝撃。
あぁ、もう駄目だ。逃げられない。
自分の気持ちに今、気付くなんて。
「あなたに嫌われるなんて。」
目から溢れて零れ落ちる涙。擦れるような声。
少しの振るえが、俺に伝わってくる。
愛おしさと、傷つけた事に対する罪悪感。
それに。
「久留主、俺は。」
顔が近い。
キスしそうな距離。
息がかかって、くすぐったいような。
彼女の心音と熱、俺の中の込み上げるような衝動。
もう駄目だ、抑え切れない。
ぐっと目を閉じて、彼女のネクタイを引く力に身を任せた。
違う。
俺が望んだ欲望。
彼女の胸に重なる手も、本当なら振り払うことだってできたはず。
「好きだ。」
片膝を机の上にあげ、彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。
手の力が緩んだ彼女から解放され、今度は俺の番。
他の誰にも譲る気なんてない。
そうだ、あいつに嫉妬したんだ。
「林田くん。あの、あなた今、何て言ったの?」
零れた涙も乾ききらず、新たに流れる一筋。
俺が泣かせたんだよな。
そう思うと、やはり心に生じるのは痛み。
「聞きたい?それなら、正直に答えて。何故、君は俺に嫌われたと泣くの?」
指で涙を拭い、頬を撫でながら。
優しさを示しながら言葉は意地悪。
もしかして、久留主も俺の事。
「離して。風紀を乱すなと言ったのは、誰だったかしら?」
俺の言葉に、冷静になったのか拗ねているのか冷たい答えが返ってきた。
「風紀委員は俺だ。」
自分の表情なんか分からないけれど、意地悪に笑ったような気がする。
「そう。そして生徒会長は私ね。」
彼女は俺に、気を許したような可愛い笑顔を見せた。
「なら、いい?触れても。」
「駄目よ、ここは生徒会室。これ以上はね。」
彼女は小悪魔な言葉と視線で、ここまでだと線を引く。
自分の気持ちに気付いて触れたのは……